473 バレエの話題
「終演後にゆっくりできないなんて!」
王宮に戻る馬車の中で、王妃は不満を口にした。
馬車には側妃達が同乗している。同意の声が挙がるはずだという王妃の予想は外れた。
「仕方がないでしょう? 夜には音楽会があるのよ」
最も文句を言いそうな第一側妃が呆れたような表情で言った。
「このような扱いを受けて、エンジェリーナは何も思わないのですか?」
「このような扱い?」
第一側妃はわからないといった表情をした。
「時間通りに上演して、終わったらすぐに帰るだけのことだわ。おかしいことではないと思うけれど? むしろ、馬車の待ち時間がなくて苛つかずに済んだわ」
王妃は驚いた。
「終演後の社交がないことに、不満を感じないのですか?」
「私はバレエを見に来ただけだもの。社交は別の機会にいくらでもできるでしょう? 素晴らしいバレエ鑑賞会だったと聞いても全然嬉しくないわ。私が主催したものではないしね」
エンジェリーナは視線を第二と第三側妃に向けた。
「貴方達はどうなの?」
王妃の相手は第一側妃に任せたかった二人だが、やはり巻き込まれてしまったと思った。
「バレエ鑑賞会ですので、バレエに問題がなければいいと思います」
第二側妃は静かに答えた。
「王立歌劇場の者達も苦労しているはずです。突然、公式行事に準じるような催しが行われることになりました。王太子殿下のために、特別な準備を整えることができなければ、王立歌劇場を管理されている第二王子殿下に対しも何かしらの影響が出てしまうかもしれません。エンジェリーナ様はその点も考慮されたのではないかと思います」
第一側妃エンジェリーナは自分の産んだ息子のエゼルバードを溺愛している。
エゼルバードにとって不利になりそうなこと、悪影響が出そうなことを歓迎するわけがない。
バレエ鑑賞会が時間通りに終わったことを喜んでいそうだと王妃は思った。
「実を申しますと、レイフィールも関わっているのです」
「レイフィールも?」
「王立歌劇場に女性達が長居すると、音楽会の準備がしにくくなります。そこで王宮とホテルへの臨時輸送に関しては国軍が担当することになりました」
女性達を王立歌劇場からできるだけ早く追い出す役割を国軍、つまりはレイフィールが担っている。
生母である第二側妃は、この対応に関して悪く言うわけにはいかなかった。
「セラフィーナ様の方が残念に思われているのでは?」
「私は王太子殿下に良く思われていません。これ以上機嫌を損ねるようなことはしたくありませんの」
第三側妃のセラフィーナは息子のセイフリードの育児に一切関わらなかった。
子供が生まれた際は王妃の方で面倒を見る、生母は余計な口を一切出さないという約束で王家に嫁いだ。
生まれた子供が王女ではなく王子だったということで、突然セラフィーナの方で養育しろと言われて困ってしまったため、国王や王妃が選んだ乳母や教育官に全てを任せていた。
それを母親らしくないと責められる筋合いはない、国王や王妃に従っただけの話だとセラフィーナは思っていた。
「でも、バレエはとても良かったと思います」
その後は無難な話題が続き、王妃主催の催しとしてのバレエ鑑賞会がどうだったのかについて触れられることはなかった。
幕間時間の社交はできたとはいえ、終幕後の社交がなければ王妃の威信を高めるも催しとしての効力が減ってしまうということを、わざわざ口にする者はいなかった。
側妃達はこれ以上王妃の不機嫌さを刺激しても仕方がないという判断だったが、王妃にとっては自分の主催する催しの話題にならないことに不満を感じていた。
それはすなわち、王妃の催しが不成功に終わったという事実を示しているといっても過言ではなかった。





