470 土曜日
土曜日。
王立歌劇場の者達はこの日に備えて十分な準備をしてきたつもりだったが、王妃主催の催しだけでなく王太子の催しも急遽追加されたため、かつてないほどの忙しさに見舞われた。
しかし、王太子側も王立歌劇場にかかる負担を見越していたため、王太子府と王子府が率先して協力し、王宮省を始めとした多くの組織からの支援を取り付け、様々な部分で負担が軽減されるように対応した。
今回、王妃が主催するのはバレエ鑑賞会。演目は『白鳥姫と金の王子』だった。
前回はオペラだったため、今回はバレエにすることが決まっていた。
当初の演目は別のものだったが、馬車のことがきっかけに『白鳥姫と金の王子』話題で盛り上がったため、バレエの演目を変更させることにした。
王妃はリーナやレーベルオードに関わるような演目の変更を検討したが、側妃達が猛反対することを予想してそのままにした。
王妃主催の催しは王妃の威光を知らしめることが目的ではあるが、人気取りのためでもある。
王妃にとって側妃達が自分に協力的であることは有益だった
また、リーナが関係する馬車のことがきっかけになって演目が変更されたというのに、正式な社交デビュー前だということを理由にしてリーナを招待しない方が、見せしめ効果が上がるだろうと考えた。
バレエの鑑賞会は昼食後で、王立歌劇場の開場は十三時半。上演等の時間は三時間程度の予定だった。
王妃主催のバレエ鑑賞会には数多くの女性達が美しいドレスと宝飾品を身に着けて参加した。
普通であれば王妃主催の催しだけに、王妃やバレエのことが話題になる。
しかし、女性達が口々に話題として取り上げたのは、夜に開かれる音楽会についてだった。
「音楽会に出るの?」
「勿論よ!」
「着替えは?」
「私は屋敷に戻るわ。ホテルでも対応してくれるのはわかっているけれど、着替えの予約が千件以上入っていたの。待たされるし、満足な仕上がりになるかわからないもの」
「私も馬車を飛ばして帰るわ」
「私は知り合いの者の家で着替えるの」
「私はホテルなのよ……不安だわ」
懸念材料は着替えのことばかりではない。どのような衣装にするかもだった。
「ドレスは同じ?」
「勿論、違うわよ」
「複数作っておいたの。良かったわ」
「私は新しい宝飾品は買って貰ったの!」
「私は靴しか買って貰えなかったわ。未着用のドレスが沢山あるでしょうって」
「木曜日以降、衣裳関連の店が大混雑だったらしいわね」
「ドレスや宝飾品が飛ぶように売れたらしいわ」
「駆け込み需要っていうのよね」
話題は尽きない。
「それにしても王太子殿下が臨時で催しをするなんて……」
「しかも、音楽会!」
「音楽に興味ないのにね」
「書類を読みながら音楽鑑賞するぐらいだし」
「どれだけ仕事が好きなのかっていう」
王太子は非常に容姿端麗だ。長身でスタイルがいいだけでなく、金の髪と銀の瞳は神が与えた特別な恩寵ともいわれている。
全身から放たれる王者としての存在感は圧倒的な強さがあり、この国最高身分の独身男性だ。
しかし、一番人気がある王子ではなかった。
優しさが全く感じられない。厳しい。そして、仕事中毒。
恋人や妻が計り知れないほど苦労する、我慢を強いられるのは明らかすぎた。
一生愛されないまま飾りの妻としての役割を果たし、子供を産むだけの存在になりたくないと思う女性は多かった。
王太子妃や王妃になれるだけでは割に合わないと思う者の数も同じく。
「でも、今回は違うわ」
「そうね!」
「女性のためですってね?」
「意中の女性がいると聞いたわ!」
「レーベルオード伯爵令嬢でしょう?」
「第四王子付きの侍女だったらしいわ」
「そのおかげでレーベルオード伯爵家の養女になったばかりか、王太子殿下に見初められたのよ!」
「凄い玉の輿ね!」
「奇跡ね!」
「むしろ、見初められたからこそ、養女になったのかも?」
「グレーゾーンね」
「そのうちわかるわよ」
レーベルオード伯爵令嬢は一気に話題沸騰の大注目人物になった。
養女になった時もかなりの話題になったが、王太子に気に入られたということであれば、その注目度が最高潮になるのは必然だった。
「でも、さすがに三十歳になるまでに結婚しないと不味いって思ったのね。王太子殿下も」
「ある意味、そういった感覚をお持ちだったのねと思ったわ」
「あまりにも凄い方過ぎて、全てが超越されている感じがするものね」
「国民にとっては神と同じような存在だもの」
「近寄りがたいわよね」
「むしろ、近寄れないっていうのが正しいのよ」
「音楽会に書類を読んでいる方だもの。周囲のことなんか見ていないわ」
「いくら女性が着飾って媚を売っても無駄だということよね」
「舞踏会や公式行事でも、美しい女性を探すどころか、頭の中は執務内容で溢れかえっているでしょうし」
「正直、レーベルオード伯爵令嬢は運がいいとも言えない、という噂を聞いたわ」
「だって、王太子殿下だし」
「第二王子殿下や第三王子殿下に見初められた方が、ね」
「でも、第四王子殿下に見初められるよりは良かったのかも?」
「否定はしないわ」
「むしろ、第四王子のお相手として養女にという噂もあったわよね」
「第四王子付きだったわけだし、殿下の意向を伺ってできるものね」
「でも、王太子殿下が見初められたという」
「まさかとは思うけれど、奪われたのかしら?」
「きゃー!」
「まるで小説ね!」
「劇的な展開だわ!」
「信じられない!」
女性達の笑顔と小さな歓声が溢れた。
「あっ、時間よ!」
「時間が短すぎるわ!」
「話したりないのに」
「また後でね!」
「絶対よ!」
女性達の視線は美しく飾り付けられた会場や舞台に注がれていた。
しかし、その頭や心の中が目に映るものだけで埋め尽くされているかどうかは別だった。





