469 要注意メモ
「検討する時間がほしいわ」
「わかりました」
アリシアは用意された宝飾品を一つずつ検分した。
どれも素晴らしい宝飾品ばかり。
レーベルオード伯爵と子爵の二人が選んだ時点で、レーベルオード伯爵令嬢がつけるのにおかしくないものであるのは間違いなかった。
「金額のことは気にしないでください。ここにあるものは全て購入することを検討しているらしいので」
豪快な内容にアリシアは思わず確認した。
「全部ですって?」
「本当にここだけのお話なのですが、こちらにあるのはとてもお得な品ばかりのようです。商人がレーベルオード伯爵家と取引をしたという縁を作るための特別な品とか」
「さすがレーベルオードね。まあ、養女を迎えたことをきっかけに縁をつなぎたい者が大勢いてもおかしくないわ」
アリシアは感心した。
「名門貴族ということで、アンティークのデザインが多いわね」
昔の時代になるほど宝飾品の技術は未発達で、カット数や研磨技術などが劣る。
宝飾品のカットの仕方、デザイン、磨き方でも古さがわかることが説明された。
「でも、アンティークに見せかけた近年の品という場合もあるわ。模倣する場合は純度の低い金を使うから、色合いが違うのよ。台座を細く作ることもあるわ。あくまでもアンティーク風というだけで、アンティークと全く同じ品を作る必要はないから」
「さすがアリシアさんです! 専門家としか思えないようなお話です!」
「王宮の侍女としてさまざまな知識がある方がいいと思って勉強したのよ」
結局、アリシアは元々用意されたものから宝飾品を選ぶことにした。
「正式な社交デビューは、その家をあらわす色や花を身につけるべきなの。だから、屋敷でお披露目の時と全く同じドレスや宝飾品でもいいのだけど、アイビーにしましょうか」
「なぜ、アイビーにするのでしょうか?」
花ではなく葉のデザインが選ばれたことをリーナは不思議に思った。
「ドレスには花の装飾があるでしょう? 同じ花の宝飾品はないから、葉のデザインを合わせるのがいいと思うわ」
「同じ花でなければ合わせてはいけないのでしょうか?」
リーナは勉強のために質問した。
「いいえ。別の花のモチーフを合わせてもいいのよ。例えば、バラとスズランとかね。でも、今回は少し注意が必要よ。なぜなら、王太子殿下の贈り物のドレスだから」
アリシアはリーナが正しく細かい部分も理解すべきだと思った。
「ドレスの花は見ただけでは何の花かよくわからないわよね? 明らかにバラでもスズランでもないし、花びらが五枚の小さな花だわ」
「そうですね……ジャスミンの花にも見えますが、花びらの形が少し違います」
「これはスミレなのよ」
宝飾品の中にスミレのモチーフのものはなかった。
「なぜ、スミレの花なのかわかるかしら?」
「王太子殿下の好きな花なのでしょうか?」
エルグラードの国花や王家の花はバラ。
王族からの贈り物だと示すには、バラの模様が一番ふさわしいのではないかとリーナは思った。
「白いスミレの花言葉には純粋、純潔という意味があるの。これは王太子殿下がリーナに対する想いをあらわしているのよ」
贈り物は自分の気持ちを伝えるための贈り物。
リーナは花言葉に込められたクオンの想いを強く実感した。
「スミレはとても美しいけれど、素朴で清楚な花でもあるわ。豪華な花を合わせてしまうと、その方が目立ってしまうでしょう? 王太子殿下の気持ちが込められた花を大切にしないわけにはいかないわ。だから、スミレよりも目立つような花は避けた方がいいわね」
「奥深いです……」
「そうよ。とても奥深いの。小花だと思って見逃してしまいそうになるけれど、大切なことに気づくのと気づかないのではかなりの差が出てしまうわ」
「そうですね」
「普通はどのようなテーマの催しか、音楽会であれば曲目はどういったものかというのが事前にわかるの。だから、それに合わせたモチーフや雰囲気にするのが望ましいでしょうね。でも、今回はテーマも曲目も秘密なの。だから、選ぶのが難しいわね」
「アリシアさんも詳しくはご存知ないのですか?」
「いいえ。知っているわ。でも、教えるわけにはいかないの。極秘情報だから」
「そうですか」
リーナはこれ以上聞いてはいけないと思った。
「アイビーは永遠をあらわす植物なの。だから、永遠の愛、不滅といった花言葉もあれば、結婚、夫婦愛、貞節、忠誠、友情、誠実という花言葉もあるわね」
リーナは首をひねった。
「アイビーは葉です。でも、花言葉なのですか?」
「木や草でも花言葉というのよ。それに、アイビーにも花があるわ。緑がかっているから黄色というよりも黄緑かしらね。種類によっては別の色もあるし、花の形も変わるの。今回はドレスに花があるから、葉の宝飾品を合わせれば邪魔にならないし、気持ちを返すためにもいいと思うわ」
「気持ちを返す、ですか?」
「王太子殿下の純粋な気持ちに対して、貞節や忠誠、誠実といった花言葉であるアイビーの装飾品を身につけて答えるの」
「そこまで考えるなんて……すごいです!」
花言葉に関する知識もさることながら、スミレの花言葉に対し、アイビーの花言葉で答えるという考えをリーナは絶対に思いつけないと思った。
「とても素敵な答え方です」
「そうでしょう? これなら誰もがアイビーの宝飾品を身につけることに納得するはずだわ。レーベルオード伯爵と子爵もね」
アリシアはレーベルオード伯爵とパスカルが納得するようなものにすることも、しっかりと考慮していた。
部屋に控えていた侍女たちも驚き、心の中でアリシアの選択に同意と称賛を示す盛大な拍手をしていた。
「では、アイビーのパリュールということで」
「待って」
アリシアはアイビーのパリュールで全てを揃えるつもりはなかった。
「全てをアイビーにする気はないの。一部は別のものを組み合わせることにするわ」
「どれを組み合わせるのでしょうか?」
「レーベルオード伯爵令嬢として招待されているわけだし、スズランの宝飾品をつけた方がいいわね」
「なるほど」
やはりレーベルオード伯爵家らしさを色以外の部分でも取り入れるべきなのだろうとリーナは思った。
「ところで、どうしてお披露目の時にジャスミンを身に着けたのかしら? 理由を聞いていなかったわ」
「昔、お兄様が妹に贈るために少しずつ作らせていたものだと説明されました。なので、私に贈ってくださったのです」
「香りもジャスミンだったわね。レーベルオード子爵はジャスミンが好きなの?」
「好きだと言っていました」
「そう」
ジャスミンは香りの王様と言われるほど、甘く良い香りがする。
その香りは高揚感や多幸感をもたらし、緊張をほぐして不安を和らげる。
自分に自信がなく、不安や緊張を感じる場面が多そうなリーナにはぴったりな香りのようにも思えた。
「香りはジャスミンにするの?」
「特に何もなければそうします。とても好きな香りなので。もしかして、変えた方がいいでしょうか?」
「リーナが好きな香りであるならいいのよ。でも、控えめにしてね? 化粧品の香りと混じってしまうと違う香りになってしまうから」
「そうですね!」
化粧品の香りと香水の香りが混じるという指摘に、リーナはまたもや驚いた。
「本当に勉強になることばかりです!」
「役に立てて良かったわ」
その後。
実際に贈られたドレスや宝飾品をリーナが着用して問題がないかどうか、全体的におかしくないかどうかを確認しながら、化粧や髪形についても細かい打ち合わせが行われた。





