464 客の見送り
午前中だけは姉弟だけで一緒に過ごしたいとフェリックスは希望した。
リーナが客へお茶を出す役目があることを伝えると、そういったことは召使に任せるのが適切で、伯爵令嬢としてはふさわしくない行動だと主張して譲らなかった。
その結果、リーナは他の客にお茶を出しに行くことができず、午前中はずっとフェリックスと二人だけで過ごした。
フェリックスはリーナがレーベルオード伯爵家でどのような待遇を受けているのかを両親に伝える役目がある。
そこで、リーナはフェリックスを自分の部屋に案内し、レーベルオード伯爵家でどのように過ごして来たかを簡単に話しつつ、幸せだと話した。
「……姉上が幸せだと感じていることがわかって良かったです。父上と母上に伝えれば、安心するでしょう」
「ごめんなさいと伝えて下さい」
フェリックスは微笑んだ。
「大丈夫です。父上も母上も姉上が幸せになれるようにすることが最も大切だと思っています。レーベルオード伯爵家の養女になったことで、姉上の立場はより確かなものになりました。兄上が守ってくれるはずです」
「レーベルオード伯爵も優しくしてくれます。一見すると冷たそうに見えますけど、心の中はとても温かい方だとわかりました。毎日とても沢山の仕事をこなされて忙しいのに、私のことをとても気にかけてくれます。血のつながりはなくても、父親としての務めを果たそうという気持ちがとても伝わってきます」
フェリックスはあえて何も言わなかった。
法律的に見れば、リーナの父親はレーベルオード伯爵になる。リーナの居場所と安全を確保するには協力が必須だ。個人的に思う部分は多々あるが、それを伝えるべきではないと判断した。
昼食後、一度王宮に出勤したパスカルがセイフリードを迎えに戻って来た。
王族を見送るのは当主の務めだが、レーベルオード伯爵は国王からの呼び出しを受けてしまい、王宮から戻れない状況だった。
そこで、セイフリードを迎えに来たパスカルがそのまま当主代理を務め、見送り役も兼ねることになった。
「国王陛下からの呼び出しにより、当主である父がお見送りできないことを心からお詫び申し上げます。父に代わって、皆様をお見送り申し上げます」
「今回の滞在は悪くなかった。貴族の屋敷にしてはくつろげた」
セイフリードの評価にパスカルは恭しく頭を下げた。
「ありがとうございます。光栄です」
「リーナ」
リーナも見送りのため、パスカルの隣に並んでいた。
名前を呼ばれたことで、リーナは自分について何か言われるのだと察知し、緊張が高まった。
「僕が以前ここへ来た時、お前は幸せだと言った」
今回の貴族の屋敷における社交的催しについて視察するということになっているが、セイフリードはリーナに接するレーベルオード伯爵や召使の者達の様子についても視察する予定だった。
レーベルオード伯爵家がリーナを養女として受け入れるにしても、王太子に寵愛されている女性という理由だけでは、心から受け入れているのかどうかはわからない。
リーナがレーベルオードの屋敷にいるのは一時的なことだ。入宮するまで、問題が起きないように対応しておけばいい。
パスカルと血のつながりがあることやヴァーンズワース伯爵家のことを考慮し、他の者に利用されないための予防処置とも考えられた。
セイフリードは自分に頭を下げつつも、それは本心から仕えているからではなく、王子だから仕方がないと思っている、形式的な対応でしかない者達を散々見て来た。
だからこそ、わかった。レーベルオードの者達はただ形式的にリーナを尊重しているわけではない。本当に大切にしているのだと。
リーナもそれを感じて安心し、幸せだと思っている。
「だが、お前はここに残り続けることはできない。レーベルオードでの生活を幸せだと感じ、愛着を持つほど、ここを離れるのが辛くなるだろう」
セイフリードの予見するような言葉に、リーナは張り詰めた表情になった。
「立つ鳥後を濁さず。この言葉を聞き、お前が十分に理解できるのか疑問だ。そこで特別に教えてやる。思い出を残すのはいい。だが、未練は残すな。そして、迷わず王宮に帰って来い。兄上と共に待っている」
セイフリードはそう言うと馬車に乗った。
「楽しかったし居心地も良かった。じゃあね!」
共に王宮に行くことになっているルーシェはそう言うと、馬車に乗り込んだ。
ドアが閉まると馬車が動き出す。王族を待たせるわけにはいかないため、他の者達が残っているかどうかは関係なく、すぐに出発することになるのだ。
「世話になった」
次に挨拶をしたのはフレデリックだった。
「最後にたたき起こされなければ、もっと評価は上だった」
フレデリックは夕食後に外出し、朝帰りした。戻ってからすぐに寝たものの、起きなければいけない時間になってしまったため、不機嫌だった。
「申し訳ございません。ですが、予定変更はできません。ご理解いただきたく思います」
パスカルの答えに、フレデリックは心の中で思った。
申し訳ないなどとまったく思ってはいないだろうと。
「リーナにやるものがある」
フレデリックはポケットに手を入れた。
「手を出せ」
リーナが両手を差し出すと、フレデリックは指輪をリーナの手の中に落とした。
「これはお前のものだ」
フレデリックがくれたのは、リリーナの指輪だった。
名前と出生日、家名に代わりにチューリップが刻まれているプラチナ製の指輪で、自身の出自をあらわすための身分証のようなものともいえた。
ミレニアスでの調査の際、指輪は証拠品として提出されたものの、偽物の可能性があると判断されてしまい、証拠品としては認められなかった。
指輪は悪用されないためにも溶かされ、破棄されることになったものの、フレデリックが回収していた。
「レーベルオードの養女になったお前には必要のないものなのかもしれない。だが、持っておけ。父上が認めなくても、俺は認めているという証だ。そして、俺以外にも多くのミレニアスの者達がお前を認めている。だからこそ、処分される前に指輪を手に入れることができた」
ミレニアスは厳しい身分社会だ。だからこそ、王の決定は絶対になる。王が処分しろという命令を出せば、それに従わなければならない。だというのに、指輪は溶かされなかった。
王は溶かして処分しろとは言わなかった。だからこそ、そのことをうまく利用し、王太子に渡すことで適切に処分されたということになった。
フレデリックが裏から手を回したからでもあるが、多くの協力者達がいたからこそできたことでもあった。
「但し、このことは内密にしろ。父上は知らない。指輪は溶かされて処分されたと勝手に思い込んでいる。王太子に渡すという形で廃棄処分になったとは思っていない。これはお前の本当の両親の形見の品だ。わかったな?」
「わかりました」
「フェリックス、この件は秘密だ」
「父上も喜びます」
インヴァネス大公は娘の形見として指輪を欲しがったが、ミレニアス王に却下された。
そこで裏から手を回して指輪を回収しようとしたものの、すでに処分されてしまった後だと聞き、激怒していた経緯があった。
王が処分しろと命じたものが、実は都合のいい処分になったことを知られるわけにはいかない。
だからこそ、多くの者達はインヴァネス大公に対して真実を話すことなく、沈黙を貫いた。
「腐っても王太子ですね。父上よりも先に回収するとは思いませんでした」
「俺はゾンビじゃない」
フレデリックは不機嫌そうにそう言うと、迎えに来ていたウェストランドの馬車に乗った。
「姉上、とても残念ですが一旦はお別れです。しばらくはこちらにいますので、帰国する前に会うことができればとは思っています」
あまり長い時間をかけることはできないため、フェリックスはそれだけ言うと馬車に乗り込んだ。
馬車を見送るリーナの表情には寂しさが溢れていた。
共に過ごしたいと思うのはフェリックスだけではない。リーナもまた同じだった。
できることであれば、弟と一緒に過ごしたい。暮らしたい。
短い時間だけではあったものの、共に過ごしたせいで余計に寂しさが募った。
「また会えるよ」
励ますようにパスカルは優しく微笑んだ。
「フェリックスはエルグラードに留学する気だからね」
「そのお話は聞きました」
しかし、リーナは決して何も知らないわけではない。
ウォータール・ハウスには様々な種類の新聞がある。
リーナは新聞を隅から隅まで読んでいた。だからこそ、ミレニアスとの関係や国際情勢を懸念し、国内にいるミレニアスの者達、駐在大使や商人達、その家族、留学生などに関してもどうなるかわからないと書かれた記事が掲載されていたことを知っており、フェリックスの留学が実は口で言うほど簡単なものではないということを知っていた。
「ゆっくり休んでいて」
「はい」
「じゃあ、僕も王宮に行ってくる。セイフリード殿下の馬車に追いつかないといけない。急がないと」
パスカルはリーナの頬に軽く口づけをすると、用意されていた馬に乗った。
パスカルが乗った馬はあっという間に加速し、その姿が見えなくなるまでリーナはその場を動かなかった。
高貴な客達が帰ったことで、リーナは寂しくもほっとした。
しかし、全ての客が帰ったわけではない。まだ、ウェズロー子爵家とメイベルが残っていた。
お父様もお兄様も不在にしている。私がしっかりしないと。
リーナは気持ちを引き締めた。





