460 つとめとは(一)
翌日。リーナは一人で朝食を取った。
「おはようございます」
朝食が終わるとマリウスが来て挨拶するとともに、一日の予定を報告した。
「本日は昼食会があり、その後、お客様が帰られる際のお見送りがございます。その後の予定は特にございません。ゆっくりお休みいただけます。何かありますでしょうか?」
「お客様はまだお目覚めではありませんか?」
リーナは目覚めのお茶を用意しに行くつもりだった。
昨日はセイフリードとエゼルバードだけだったが、今日は出来る限り全員のお茶を淹れたいとも思っていた。
「報告によりますと、お客様がご就寝されたのは朝とのことですので、昼前まではおやすみになられているのではないかと思われます。また、ヴィルスラウン伯爵は早朝にご出立されました」
「そうですか」
「お気持ちはわかりますが、お客様には部屋付きの者がおります。お任せになられてはいかがでしょうか?」
「……でも、昨日そのことで色々と意見がありましたので、できる限りのおもてなしをしたいのです。今日は最終日でもありますし、お客様全員にお茶を淹れるつもりです。お客様が起床された際はすぐに教えて下さい。私は南館の方で待機します」
「かしこまりました」
「その前に、ウェズロー子爵一家のところに顔を出します。すでに起床されているのでしょうか?」
「はい。すでにご朝食もお済ではないかと。但し、ご夫妻の分だけでいいということでしたので、ご令嬢はまだおやすみなのかもしれません」
「そうですか」
リーナは早速ウェズロー子爵家が宿泊している客間へと向かったが、部屋にいたのは子守役のジェフリーとデイジーだけで、アリシアはいなかった。
アリシアはデイジーをジェフリーに任せてメイベルの部屋に行ったと聞き、リーナもメイベルの部屋に向かった。
しかし、メイベルの部屋には誰もいなかったため、リーナはセイフリードの客間に向かった。
控えの間に行くと、メイベルとアリシアが話をしていた。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう、リーナ」
「私も一緒にいてもよろしいでしょうか? 殿下が起きるまで、南館で控えているつもりなのです。今日はできればお客様全員にお茶を淹れておもてなしをしたいと考えています」
リーナの考えを聞いたメイベルとアリシアはやや驚いた。
本来、客にお茶を淹れるのは召使の仕事だ。レーベルオードでは侍従や侍女がいるため、その者達が担当する。セイフリードの場合はメイベルがいるため、メイベルが淹れるべきといえる。
リーナがお茶を淹れたいと思うのは、自分の能力を活かし、客に喜んで貰いたい、おもてなしをしたいという気持ちからだった。
召使のようなことをすべきではないと注意するのが正論ではあるが、リーナもそのことはわかっている。
だからこそ、二人はどのような言葉をかけるか迷ったものの、さすがに客全員というのは難しいのではないかと感じた。
「四人全員にお茶を淹れるの?」
「はい。起床時間が被らないといいのですが……」
「運任せのような予定は好ましくないわ」
アリシアは厳しくなりすぎないようにと自らに言い聞かせながらも注意の言葉を発した。
「リーナの気持ちはわかるわ。客をもてなすことは大切よ。でも、お茶を淹れることだけがもてなしではないでしょう?」
「でも、私ができることは限られているような気がします。お茶を淹れる特訓はしたので、自信があります」
「美味しいお茶を淹れることができるのは、よく知っているわ。私とローラで指導したわけだから」
アリシアはできるだけ優しく見えるように微笑んだ。
アリシアは完璧にしたい。完璧を目指したい。しかし、自分と相手との差、違いがあることをわかっている。
相手の考えやレベルに合わせて発言するというのはとても重要な事であり、効果的でもある。
リーナは厳しい注意も優しい注意も真摯に受け止めるが、どちらの言い方でもいいということではない。
リーナが自分の考えを否定されたと思い、自信をなくさないようなものにすべきだった。
「わかっているとは思うけれど、お茶などの飲み物を用意するのは召使の仕事になるわ。リーナは召使ではないでしょう? だったら、レーベルオード伯爵令嬢としてもてなす方法を考えて実行しなければならないのではなくて?」
リーナはいい機会だと思い、アリシアとメイベルに相談することにした。
「……実は、悩んでいることがあります。それは、これからどうやって王家や国のためになるようなことをすればいいのかということです。王宮で働けば、王家や国のためになると思います。でも、もう侍女としては働けません。マリウスにも聞きましたが、自分で考えるようにと言われました」
二人はそれぞれに考え、また、リーナの側近を務めるマリウスが何でも教えてくれるわけではなく、リーナ自身に考えさせながら学ばせているのだろうと推察した。
「私はレーベルオード伯爵令嬢になりました。相応しくあるようにしなければなりませんし、その務めを果たすべきだというのもわかります。でも、よくわからないのです。エルグラードには多くの貴族がいますし、伯爵家もかなり沢山あります。伯爵令嬢も沢山いると思うのですが、皆、同じような務めなのでしょうか? それとも、家ごとに違うのでしょうか? それさえもわかりません」
アリシアとメイベルはリーナがしっかりと考え過ぎているからこそ、余計に混乱していることを悟った。
リーナは貴族としての生活を始めたばかりだ。子供の頃から自然とそれに馴染み、貴族の感覚を養ってきたわけではない。
平民としての感覚がしっかりとできてしまったところに、貴族の感覚を持てと言われてもよくわからない。なまじ頭を使って考えてしまうために、余計にわからないように思えてしまうのだ。
「私から答えるわ」
アリシアはメイベルに向かってそう言うと、リーナを真っすぐに見つめた。
「あくまでも個人的な解釈という前置きをしておくけれど、伯爵令嬢の務めは全て同じではないわ。一人一人違うの」
アリシアはとても大切なことになるため、しっかりと教えたいと思った。
「私はレーベルオードの者ではないわ。だから、レーベルオード伯爵令嬢の務めについては教えられないというのが正しいのだけれど、リーナの力になりたい。そこで、参考として貴族の務めについて話すわね」
アリシアはウェズロー伯爵家に嫁ぎ、娘を産んだ。いずれは伯爵夫人となり、伯爵令嬢となるデイジーに様々なことを教えていかなければならない。
自分が知っていること、考えていることをリーナにも話すことで、力になるのではないかと考えた。
「エルグラードには貴族がいるわ。貴族の役割は時代と共に変化しているのだけれど、重要な役割の一つをあげると、国王に仕えるというものよ。だから、貴族の務めは国王に仕えることでもあるのだけれど、それを拡大解釈すると王族に仕えること、王家に仕えること、国に仕えることにもなるわね。だから、公職といわれるような官僚や騎士、軍人になる者達が大勢いるの。領主も公職と同じと思っていいわ」
アリシアはできるだけわかりやすい説明になるように考えながら言葉を選んだ。
「勿論、平民も仕えるわ。国民全員の務めでもあるの。でも、国民全員が公職につくことはできない。人数制限があるし、別の仕事をする者も必要だわ。そこで、ずっと貴族を優先にして公職に採用していたの。でも、国王陛下が広大な国土を統治するには臣下の数が多いだけではなく、優秀な者が多くないと駄目だと考えるようになったの。そこで、優秀であれば貴族ではなく平民でもいい。貴族か平民ではなく、優秀な国民を重用しようとなったの。ここまではわかるかしら?」
「わかります」
リーナは頷いた。アリシアの説明でわからない部分はなかった。
「リーナが言ったように公職につけば、王家や国のために働いているという実感が沸くでしょう。でも、実はそれ以外の仕事をすることでも、結果的には国のために役立っているということが沢山あるの。例えば、食べ物を作ること。国王も国民も食べ物がなければ飢えてしまうわ。だから、食べ物を作ることで、国王や国民の役に立っているわね。それから、結婚して子供を作ることもその一つね。国民の数が減らないように結婚して子供を作るというのも、国の役に立っているのよ」
「では、私も結婚して子供を産めばいいということでしょうか?」
実はとても単純なことのようにリーナは感じたが、アリシアは首を横に振った。
「いいえ。これはあくまでも一例よ。全員がそうしなければならないことではないの。一生結婚しない者も、結婚しても子供を作らない者もいるわよね?」
「そうですね……」
「どんな風にして国に尽くすのか、役立つのかは人それぞれなのよ。何がしたいかとか、得意なことは何かでも違うわ。だから、沢山ある中からリーナがいいと思える方法を見つけるの。自分らしい方法でいいのよ」
「自分らしい方法……」
「但し、レーベルオードの名を辱めるような方法は駄目よ。だから、まずは考えて、どんなことを実行しようと思うのか、レーベルオード伯爵に相談すればいいでしょう。人として多くの者達に賞賛されるようなことであれば、大丈夫だと思うわ。逆に、そんなことはしてはいけないと注意されるようなことはしない方がいいわね。少しは役に立ったかしら?」
「はい。一つしかないわけではなく、方法は沢山あるのだとわかりました。その中から自分らしいもの、良いと思えるものを見つければいいということでしょうか?」
「そうよ。誰かに教えられた通りにするというのは簡単だけど、自分の気持ちや能力に合わない方法かもしれないわ。リーナの気持ちはリーナが一番わかるはずよ。だから、自分で考えてみるべきことだと思うわ」
「わかりました。もう少し考えてみます」
「私もいいかしら?」
アリシアによる説明が終わったため、メイベルがそう言った。





