46 厳重注意
突然、部屋のドアが開いた。
リーナとヘンデルの目に映ったのは、不機嫌そうな表情のクオンだった。
「ここで何をしている?」
リーナの頭の中は真っ白になった。
「デートかな?」
ヘンデルは笑みを浮かべながら答えた。
「デートだと? 嘘だ!」
クオンはヘンデルを睨みつけた。
多くの者が震えあがる視線だが、ヘンデルには全く通用しない。慣れている。
「嘘じゃないよ。とにかくドア閉めてよ。誰かが来ると不味い。声は小さくしてよね」
クオンはすぐにドアを閉めるとリーナとヘンデルの方へ移動した。
「いいか、よく聞け。ここは身分の高い者が使用する特別な部屋だ。お前達にどのような理由があったとしても、勝手に使用していたのは明らかだ。何も言うな。このまま退去しろ。そうすれば、今回だけは特別に見逃してやる!」
「俺が使ったっていいじゃん?」
「そのような服で許されると思うのか?」
あ、さすがクオン!
クオンはヘンデルの質素な服装を見て、身分を隠していると判断したのだ。
そして今は警備設定。普通に考えれば控の間を使えない。
普通に王太子の側近として振る舞ってしまったことをヘンデルは反省した。
「申し訳ありません。退去します」
「女性は残れ。尋問する。お前は早く消えろ!」
ヘンデルは肩をすくめ、黙って部屋を退出した。
「リーナ」
「申し訳ありません!」
リーナは椅子から床に移動して土下座した。
クオンは不機嫌な顔のまま、リーナと対面する側の椅子に座った。
「あの者とはどのような関係だ? なぜ、ここにいた? 正直に話せ」
クオンはヘンデルがなぜリーナと会っていたのかをわかっていた。
後宮の情報を引き出すため。
ただの情報提供者にするか、必要な情報を調べる調査員にするかを見極めるためでもある。
クオンは自身の判断を伝えたというのに、ヘンデルは諦めなかった。
自らリーナに接触し、どうするか考えようと思ったのだ。
「実は……」
リーナは正直に話した。
早朝勤務の際に偶然会ったことのある警備にデートに誘われ、来ないと無礼になると言われたためにしぶしぶ来たことを。
デートというのは本当だったのか……。
強引だとしてもリーナが従った以上、デートをしていたといっても間違いではない。
クオンの中に怒りが込み上げた。
「リーナ」
重々しい声が響く。
「お前は愚かだ」
リーナはうなだれた。
「ひと気のない場所には注意しろ。警備にも油断するな。警備も男だと注意したのを忘れたのか? あれは巡回中のことだけではなく、普段の生活の中にも応用できる。だというのに、まんまと控えの間に連れ込まれた」
リーナの表情は一層暗くなった。
「お前の説明では、あの者とは二回しか会ったことがない。今が三回目ということになる。警備だからといって安心できるとは限らない。あの者は名前を名乗ったのか?」
偽名を使っているかもしれないと思い、クオンは確認のために尋ねた。
「あっ!」
リーナはその時初めて、名前を知らないことに気づいた。
「教えられていません」
「詳しい部署は?」
「知りません」
「あの者が警備ではなかったらどうするのだ?」
「それはありません。最初に会った時、警備の服を着ていました。深夜の巡回勤務だと言っていました」
リーナははっきりと答えた。
だが、間違っている。ヘンデルは警備ではない。王太子の側近だ。
警備の服を着て、リーナの巡回勤務を調べる仕事をしていた。
「名前も所属も教えない男に対し、ずいぶんと信頼しているようだ。私に最初会った時は、どうしても名前と所属を教えて貰わねば困ると言った。あの男には聞いてない。おかしいではないか」
「警備の方なので、身元が確かだと思ったのです」
警備に会った際、名前や所属は聞かない。警備は警備だ。
「万が一その者が変装をしている者だったらどうする? 不埒な行動をするような者ならどうだ? 名前も所属も知らない。多少の特徴は言えても、当てはまる者が大勢いるかもしれない。警備の数は相当だ。よほどのことでなければ対応してくれないだろう」
リーナはうつむいた。
「護身術の心得はあるか?」
「ありません」
「だったら余計に身を守れない。自身の安全を確保するのは自分だ。不注意なことをするな。ここは後宮だ。問題を起こせば重い処罰になる。些細なことと思っても注意では済まないこともある。解雇や投獄になることさえあるのだ」
リーナは反論できない。その通りだった。
「お前がここで警備とデートしていたことが判明すれば、注意では済まないだろう。様々に調べられ、投獄されてしまう可能性もある。大丈夫だと言われても、それを簡単に信じるな。わかったな?」
「……はい」
「この件に関しては内密に処理する。特別に注意だけで済ませてやる」
「申し訳ありませんでした。寛大なご処置に心より感謝致します。ありがとうございます」
リーナは床に頭をこすりつけた。
クオンはリーナの姿をじっと見つめた。
謝罪は重要だ。しかし、温情の余地はあった。
なぜなら、こうなったのはヘンデルのせいだからだ。
そして、ヘンデルにリーナのことを教えたのはクオン。
自身の責任も感じた。
だからこそ、しっかりと反省させなければならない。
リーナの命や安全にかかわることだとクオンは思った。
「椅子に座りなおせ。話がある」
「……はい」
リーナは顔を上げた
涙腺が完全に決壊している。反省という以上に、罪の重さに打ちひしがれているように見えた。
……強く言い過ぎたのだろうか?
女性の扱いなど知らない。自分を厳しく恐ろしいと思う者が多くいることも知っている。
クオンは気まずくなった。
二度と同じようなことを繰り返さないよう厳重に注意しただけ。リーナのために言ったつもりだった。
私のしたことは間違っていない……はずだ。
だが、リーナは王太子の側近に呼び出され、その指示に従っただけでもある。
これは違反ではない。
ただ、リーナがヘンデルのことを王太子の側近だと知らずにした。
ヘンデルも王太子の側近であることを伝えていない。警備だと偽った。
それが問題だった。
わざと隠したのはヘンデルの都合だ。
身分や立場を知らせず、ただのナンパとデートで情報収集をするのはヘンデルの常套手段でもある。
リーナを騙し何も知らせなかったヘンデルが全て悪い。
クオンはそう判断した。
「……菓子は好きか?」
居心地の悪さを誤魔化すようにクオンは別の話題を取り上げた。
「はい」
「カップケーキとチョコレートに手をつけている。飴はあまり好きではないのか?」
リーナはクオンから飴を貰ったことを思い出した。
「好きです。いただいたキャンディは凄く美味しかったです。幸せの味がしました」
幸せの味……。
クオンは思い出す。
あの飴はクオンにとって特別だった。





