459 間違い
夕食は王族を迎えての晩餐会になったが、他にも客がいた。
王宮からパスカルが戻る際、ヘンデルとロジャーが一緒に来ていた。
「晩餐会には私の上司であるヴィルスラウン伯爵も招待しました」
パスカルがヘンデルを紹介すると、ヘンデルもまた自らミレニアスからの来客に向かって挨拶した。
「高貴なる方々とお会いできて嬉しい限りです。リーナちゃん、綺麗だなあ。会えないのを凄く残念がっていたよ。夜は王妃と会うことになっていてさ」
誰がとは言わないものの、ヘンデルが誰のことを言っているのかは、晩餐会の出席者全員が理解した。
「王妃と会うのに、ここにいていいのですか?」
エゼルバードが尋ねると、ヘンデルはにこやかに答えた。
「キルヒウスに任せてあるのでご心配なく。それよりも、ご滞在はいかがでしたか? もうすぐ終わりですので、晩餐をじっくりと味わわれた方がよいかと」
ヘンデルの発言を補足するかのようにロジャーが発言した。
「食事の後は王宮に戻ることになった。王太子殿下が呼んでいる」
エゼルバードは眉をひそめた。
「二泊の予定では?」
「呼び出しがなければの話だ。元々第四王子殿下が王宮に戻る予定になっていたため、警備体制も整えてある。丁度いい。フレディも同行しろ。内密に王太子殿下と会える。ローワガルンとの話し合いは明日だ。第四王子殿下が戻るのに同行して王宮に来ればいい。但し、急いで伝えたいことがあるのであれば、食事の後にヘンデルに話しておくといい。話も対応も早くなる」
ロジャーの説明にエゼルバードは睨むような視線を投げた。
「セイフリードは今夜帰らないのですか?」
「第二王子の予定と挿げ替える。王太子殿下の決定だ」
「フレディはここに戻るのでしょう?」
「何時になるかわからないがそうなる」
「私も一緒に戻ります。荷物が残ってしまいます」
「荷物は私の方で片づける。心配は無用だ」
「荷物について心配しているわけではありません」
「心から尊敬する兄を見習うべきではないか? 潔く帰った。弟達にどうすべきかの手本を自ら示して見せた。だというのに、まだ言うのか?」
エゼルバードはため息をついた。
ロジャーの表情から察するに、変更はありえない。その理由もわかっている。王太子の決定だからだ。これ以上の我儘は不味いということも理解していた。
「仕方がありません」
「さっさと晩餐にしろ。腹が減った」
フレデリックの催促により、早速晩餐会が始まった。
王宮に向かう馬車の中で、エゼルバードはため息をついた。
「セイフリードが王宮に戻る予定を利用して、私が呼び戻されることになるとはね」
こういった事態を全く考えていなかったわけでもなかったが、現実になってしまったことを歓迎できるわけもなかった。
「エゼルバードには悪いが、こっちには都合がいい。クルヴェリオン王太子に会える」
馬車に同乗したフレデリックがそう言うと、エゼルバードは不機嫌な表情になった。
「フレディのせいです」
「仮面舞踏会に出席できたのも、レーベルオードの屋敷に宿泊できたのも、俺のおかげだが?」
エゼルバードはわざとらしく顔を背けた。
「拗ねるな。リーナを王宮に呼び出せばいい。いつでも会えるだろうが」
そう簡単なことではないのだと、エゼルバードは心の中で答えた。
王宮に戻ったエゼルバードは早速王太子と会うことになったが、別の者も一緒にいた。
王太子の側近であるキルヒウス。そして、宰相だった。
「お呼びと聞きました。どのような用件でしょうか?」
エゼルバードが伺いを立てたものの、王太子である兄はすぐに答えなかった。
無表情のまま強い視線でエゼルバードを見つめている。
怒りを抑えている。
エゼルバードは兄の気持ちを察知した。
謝るべきか。それとも後にすべきか。
フレデリックや臣下達がいるため、エゼルバードは迷った。
「フレデリック王太子、よく来た。我が国とミレニアスの関係は良好とはいえない。最悪の事態になる可能性もある。にもかかわらず、自らが赴くことでこの状況を解決したいと思う心意気に免じ、身の安全は保証する。大まかな部分はパスカルから聞いているが、国王との謁見はできない。私がミレニアスに赴いたにも関わらず、あのような対応を受けた屈辱と怒りは高まるばかりだ。私をないがしろにして話を進めようとは思うな。キルヒウス」
「別室にご案内致します。王太子殿下は第二王子殿下としばし話があるため、先にご案内致します。宰相閣下もどうぞ」
キルヒウスがフレデリックと宰相を連れて退室したため、部屋の中には二人だけになった。
「エゼルバード」
「申し訳ありませんでした」
エゼルバードは兄と二人きりになると、迷うことなくすぐに謝罪した。
「兄上の怒りはごもっともです。側近達からも聞きました。何もご相談をしないまま決めてしまったのはよくなかったと反省しています。ですが、私なりに兄上やリーナのことを考えての行動です。どうか、お許しいただけないでしょうか?」
「駄目だ」
兄の言葉にエゼルバードは驚いた。
兄は弟に寛大だった。これまでも様々なことがあったが、謝れば許してくれた。今回もそうだろうと思っていたエゼルバードの予想は裏切られた。
「王妃の考えをうまく利用しようとしたこと、レーベルオードを守ろうとしたことはわかっている。だが、お前の取った方法を正当化し、許すわけにはいかない。なぜなら、私をないがしろにしたからだ。今の私は強い怒りだけでなく、深い悲しみも感じている」
クオンは重々しい表情と口調で言った。
「なぜ、私の元に来なかった? レイフィールもセイフリードも私に会いに来た。そして、自らがどうしたいのかをはっきりと伝えてくれた。だが、お前は来なかった。私の元に来て直接気持ちを打ち明け、どうしてもという本心を教えてくれたのであれば、弟への愛情と配慮を示しただろう」
エゼルバードの心の中に鈍い音が響いた。まるで、心を押しつぶしてしまいそうな圧迫感もまた。
「私では駄目なのか? 頼りないのか? 信じられないのか? それとも、私の判断に従いたくなかったのか? 何でもいい。正直に話せ」
エゼルバードは心の底から後悔した。兄が自分を許さないといった意味もわかった。
兄は単にエゼルバードの我儘を怒り、悲しんでいるだけではない。
弟を大切にしたい、守りたいと思っている兄としての想いが強い感情になって溢れ出ているのだ。
「……私は……兄上に話しても許可がでない、無駄だと思いました。そこで、側近に命じました。側近がなんとかすると思ったのです。そして、側近はなんとかする方法を見つけました。それでいいと思ったのです」
エゼルバードの予想は間違っていた。直接どうしてもと懇願すれば、兄は弟の気持ちを大切にし、許可を与えるつもりだった。
兄の深い愛情を感じたエゼルバードの心は震えた。これほどまでに大切にしてくれている兄に何も言わなかったことが、いかに大きな罪、裏切りであったのかを実感するしかない。
苦しい。そして、兄上を悲しませてしまった自らの愚かさが悲しい。
エゼルバードはそう思いながらも言葉を続けた。
「兄上が怒りそうなことはわかっていましたが、私にも目的がありました。兄上はレーベルオードの催しには行きません。だからこそ、私が行くことで、レーベルオード伯爵家が王族に特別な配慮をされていると示したかったのです。それに、フレディ達の不安も取り除き、二国間の危機を回避するような状況を作り出すために一役買いたいとも思いました。王妃への抗議としてもわかりやすいはずです。後で兄上に謝罪し、様々に理由があることを説明すれば許してくれると思いました。本当に……反省しています。何も言わずに、申し訳ありませんでした」
後半の言葉は弱々しくなった。話せば話すほど、愚かな自分をまざまざと露呈するようにエゼルバードは感じた。
クオンは無言のままエゼルバードをじっくりと見つめ続けた。
そして、ゆっくりとした足取りでエゼルバードの前まで移動すると言った。
「両手を出せ」
エゼルバードは言われた通り、両手を差し出した。
「お前は王太子に背いた。重罪を犯した。重罪人は両手を縄で縛られ、投獄される。第二王子であっても、今回のことは許されないようなことだった」
エゼルバードは罪人が手を縛られることを暗示させるため、手を出せと兄が言ったことを悟った。
「だが、今ここにいるのは王太子ではない。お前の兄だ。兄が心から愛する弟を裁くのであれば、手を縄で縛る必要はない。心からの愛情をもって弟を諫めればいい。エゼルバード、このようなことはしてはいけない。王太子として第二王子を処罰しなければならないような状況になることを、私は望まない」
クオンは自らの両手でエゼルバードの手を包み込んだ。
「私とお前は兄弟だ。手を取り合い、共に立つことができる。自らの気持ちを言葉にすることは、時に難しいこともある。だが、私はお前に伝えたい。お前からも伝えて欲しいと思っている。結果は予想できると思っても、話し合うことを最初から否定し、無駄だと考えて省くべきではない。直接伝えることで、何かが変わるかもしれないという可能性もある。それを忘れてはいけない。わかったな?」
「……はい。わかりました」
エゼルバードは兄の手は強いだけでなく、温かく優しいと感じた。愛情が伝わって来る。兄の言葉から。強く握られた手から。
エゼルバードの瞳は潤みだした。
「ようやく、お前の気持ちと考えがわかった。この後、フレデリック王太子と話し合い、何らかの解決策がないかを検討する際にも考慮する。お前がレーベルオード伯爵家の催しに参加したことで、王子全員が足並みを揃えていることを強く示すことができた。そのことも評価する。今夜はゆっくり休め。但し、しばらくの間は自室で謹慎だ。いいな?」
「はい。わかりました」
「正直に答えたことを強く重視し、お前への処罰は軽くする。その代わり、お前を諫めることができなかった側近達を処罰する。私の怒りを買うような方法を提案した罪もある。許されない」
「それは」
「黙れ。話し合いがあるため、ここまでにする。お前には私の騎士が数名つくことになる。自らの立場と状況をわきまえろ」
クオンは部屋を退出した。
残されたエゼルバードは深いため息をついた。
処罰は免れず、謹慎になった。
しかし、側近はより重い処罰になる。
覚悟はしているだろうと思われたが、ロジャー達にどのような処罰がされるのか、エゼルバードは気になって仕方がなかった。





