457 父親からの呼び出し
クオンが王宮に戻ったのは早朝だった。
そして、すぐに自室に戻ると寝ることにした。
王太子に休日はない。日曜でも執務がある。
いつもより遅くはあるものの八時には起床し、素早くシャワーを浴びて着替える。朝食を取っていると、国王からの呼び出しがきたため、朝食を放棄して国王の執務室に向かうことにした。
「朝帰りしたそうだな?」
クオンは否定しなかった。
「それで?」
「ラーグから聞いた。レーベルオード伯爵家の舞踏会に出席しただけでなく、レーベルオード伯爵令嬢に口づけをして、仮面まで取ったと。お前がそんなことをするとは夢にも思わなかった。まだ内密にするようにと言ったではないか!」
クオンはそれなりに時間がかかると感じ、壁の側にある椅子を移動して座った。
「王太子が気に入った女性を見つけた際には、絶対に手を出してはいけないという規則でもあるのか? レーベルオード伯爵令嬢は未婚の独身女性だ。正式な許嫁も婚約者もいない。未成年でもなく、婚姻適齢期でもある。問題ない。むしろ、ようやく王太子が女性に興味を示したことを歓迎すべきではないか?」
父親は深いため息をついた。
「……頭が痛い。胃も痛い。ただでさえ今は王妃がうるさいというのに、余計に事を荒立てるようなことをするのはよくない」
「王妃が悪い。レーベルオード伯爵家を侮辱した。しかも、レーベルオード伯爵家に明らかな非があったわけではない。私がレーベルオード伯爵令嬢をエスコートしたことが気に入らないという理由で侮辱したのだ。この情報が漏れたのも王妃のせいだ。それでも父上は王妃の肩を持つのか?」
クオンはあえて母親ではなく王妃という言葉を口にした。
「夫として妻の肩を持つのはわかる。だが、国王として王妃のそのような勝手な行動を許してもいいのか? 王妃が勝手な言動をすれば、それは王妃だけでなく王家全体に悪い影響を与える。だからこそ、私は息子としてではなく王太子として公正に判断し、対応することにした。弟達も同じだ。王妃のせいで王家全体、自分達のことまで悪く思われてはたまらない。弟達は王妃と血のつながりはない。余計に厳しく判断する。王妃と王子達、どちらが重要、優先かは明らかだ。何もおかしいことではない」
クオンの説明は筋が通っていた。
国王も王妃の肩を持ちたいわけではない。うまくこれで収まればという思いがあっただけだ。
そして、ハーヴェリオンとしても、妻の肩を持つ気はない。息子のためだった。生母が王妃の座にいることで、王太子がより強く尊重されることが重要だと思っていた。
「レーベルオード伯爵家の催しに極秘で参加したのはともかく、口づけをするのはよくない。しかも、王太子ということを明かすのもよくない」
「身分を明かさなければ大醜聞だ。それに、人は時に理性を無くすときもある」
息子が理性を無くすようなことがあると、父親はまったく思えなかった。息子は理性の塊のような者だ。
「まさか、理性を無くしたというのか?」
「レーベルオード伯爵令嬢はとても美しかった。正式に社交デビューをすれば、様々な誘いや縁談話などがあがる。奪われたくない。私のものだと示したかった。ようやく見つけた女性だというのに、すぐに正妃にするどころか側妃にさえできない。候補にする発表さえ待てという。エルグラードはいつからミレニアスの意向を気にするような弱い国になったのだ?」
「外務省には強い姿勢で対応しろと指示している。だが、進展しないのは国王の返事がどうなるかによるといって私のせいにする」
「王太子が強い姿勢を示してもミレニアスは折れなかった。官僚が同じことをして折れるわけがない。返事をどうする? 父上が返事をすれば動くのではないか?」
父親は息子をじっと見つめた。
「正直に言えば、ただの平民の女性一人を差し出してうまみがあるのであればいいと思う」
クオンの視線が突き刺すようなものになり、ハーヴェリオンは痛いと感じた。
「元々向こうの王族の子供だ。返せというのもわかる。だが、はっきりと王族の子供として認めるどころか否定しておいて、裏からこっそり欲しいというのはどうかと思う。王家の醜聞を避けるのであれば完全無視、別人だという主張を突き通すべきではないのか? 私なら極秘に拉致し、どこかに監禁して生活させる。本当にいらない者であれば、殺してしまえばいい。無用な懸念がなくなる」
二人きりとはいえ、平然と違法行為で解決しようとする父親を息子は警戒した。
父親には優柔不断な部分は多くあるが、その一方であっけなく決断できることもある。だからこそ、自分が王権を取り戻すために、迷わず多くの者達を処刑した。
貴族の数を減らす丁度いい機会、身内は絶対に不正利益を享受していると考え、連座に問われた場合は家族や親族達も処刑した。
表向きは病死、事故死などになっている者もいるが、実際は違う。国王によって暗殺された者達が大勢いる。
クオンは父親がリーナを暗殺することが一番楽で益があると考えるのではないかと危惧していた。
「私はリーナという女性をどのように見るべきか考えた。元平民の孤児、レーベルオードの養女、インヴァネス大公の娘、息子が寵愛する女性。どれも正しい。だが、どれも同じ価値ではない。では、最も価値があるのは何かと言えば、息子が寵愛する女性ということだ」
クオンは心の中で頷いた。
父親は何も考えていないわけではない。深く考えている。そして、何を重視すべきかをわかってもいた。
「お前が独自に布石を置いている。キフェラ王女の帰国を認めず、国軍を国境に配置したまま、防火地帯を作らせている。王太子が着々と下準備をしている。任せておけばいい気もした。だが、お前が密約の期限までになんとかしたい、できなければ戦争にして白紙撤回することも辞さないほどの強い覚悟だというのもわかっている。そのような理由で戦争になったと噂になれば、お前の支持率が下がる。それでは困る」
ハーヴェリオンがため息をついた。
「そこで取引だ。王家予算の件だ。私からラーグに言っても埒が明かないため、お前が説得して欲しい」
「無理だ」
クオンは即答した。
「宰相の条件を満たさなければ、リーナを側妃にできない。父上が真逆の条件を出すのであれば、やはり側妃にできない。二人が共謀し、わざとこのようにしているのではないかと考えることもできる。そうなれば、私は別の手段を取ることになる」
「どのような手段だ?」
「退位して欲しい。父上は離宮で国政に悩むことなく、リエラ妃との思い出を感じながら暮らす。エルグラードは私が責任をもって統治する。父上の意向による退位であれば、退位後の予算を多くする。余生を満喫できるだろう。どうだ?」
魅力的な案だとハーヴェリオンは感じた。だが、もしそうなれば、息子は多くの者達と直接対決をすることになる。
国王の責務をさっさと放棄したい一方で、愛する息子達のために自らが剣と盾を持つことを厭わない気持ちもあった。
「……実は最近になって、もう少し在位期間を延ばしたくなった。もしも戦争をするのであれば、私の代にしたいのだ。息子には平和な安定した時代、強き王家を受け継ぎたいという信念を貫きたい」
「だったらさっさとミレニアスとの問題を解決するべきではないのか?」
父親は挑発的な息子をじっと見つめた。





