456 王子の解説
「あの作品のどこがいいのですか?」
「セイフリードに聞けばいいのではありませんか? 友人ですからね」
エゼルバードの表情は挑戦的だった。
理解できているのかどうかを試しているのは明らだ。
セイフリード自身はかなり不機嫌なことがわかるような表情になった。
「興味がない」
「素直にわからないと言えばいいのでは?」
セイフリードはエゼルバードを睨みつつ、絵について話し始めた。
「ゾーラ=エドゥルイクワは家名が言いにくいため、ゾーラという名前の方で呼ばれ、知られている。元々は風景画家だった。左端の絵のような作風だ。しかし、ある時から空の絵ばかりを描くようになった。作品のタイトルは色であらわしたため、かすかに描かれている雲や太陽、星や月などがないと、空の絵だとはわからないようなものだった。晩年の作品は非常に少ない。タイトルは天気のようなものだが、実際に描いたのは心の天気だった。あれは曇りというタイトルのため、心が曇っている様子、不安や疑念などを描いたつもりだろう。ああいった絵を見ると普通は何の絵だと感じ、心の中に何かしらの感情が浮かび上がる。あの絵を見て心がもやもやしたり、怪訝な気持ちになったりすれば、それがあの絵であり、魅力だ。まさに曇っている。絵を見た者の心を描いたかのような、鏡のような絵だとも言われている」
セイフリードのどうだといわんばかりの視線を、エゼルバードは驚きを持って迎えた後、満面の笑みで応えた。偽りではなく、本心からの微笑みだ。
「セイフリードが芸術を理解するとは思いませんでした」
「本で読んだだけだ」
「構いません。芸術を理解するということは、作品だけ見てそこに込められたもの、魅力や価値を理解するということだけではありません。タイトルについて、作者について、生い立ちや作風、論評など、幅広い知識を得ることで、総合的に芸術を理解しようとすることもまた一つの方法です」
エゼルバードは非常に機嫌がよくなった。
「ゾーラ=エドゥルイクワはエルグラード人とアージェラス人とのハーフでした。そのせいで蔑みを受け、絵がなかなか評価されなかったのです。裕福な女性と婚姻したため、媚びるような絵を描く必要がなくなり、自身の描きたい絵を描くようになりました。作風が一気に変わり、空の絵になりました。しかし、それも評価されることはなく、画家としての名声を得ることはないまま亡くなりました。時代が移り変わり、ゾーラの絵が評価されるようになりました。作品数が少ないまま没した画家の作品は稀少価値がつくため、後年になるほど価値が上がりやすいのです。珍しい作風であれば余計に稀少です。価値は更に上がります」
ゾーラ=エドゥルイクワの作品は国立美術館にも所蔵品されていた。
所蔵品のタイトルは「快晴」と「嵐」。
「快晴」はつきぬけるような水色から青へのグラデーションを背景に白と黄色の閃光が走っている。これが本物の天気であれば、グラデーションはともかくとして、白と黄色の閃光はありえない。
閃光は突き抜けるようなすっきりとした気持ちを表している。人によっては嬉しいことを天にも昇る気持ちと表現する。それに近いような感情だと解釈されていた。
「嵐」というのは黒々しい作品だった。いかにも不穏そうな黒いものが渦巻いているような絵になる。
心がざわつき、よくないことの訪れを感じさせる気持ちを嵐に例え、まざまざと表現していると解釈されている。
エゼルバードは嬉々としてゾーラの作品について説明した。
「まさか、ここでゾーラ=エドゥルイクワの絵を見ることになるとは思いませんでした。アベルがあの絵を見たら欲しがります。アベルはゾーラの絵が好きなのです。国立美術館が所蔵する絵をとても欲しがっていました」
「確かにあいつは変な絵が好きだな」
フレデリックはもう一度絵を見た。やはりよくわからない絵であり、魅力を感じない。だが、アベルが好きそうな絵だということには気が付いた。
「芸術はとても寛容です。様々な価値観の違いを乗り越えて理解し、受け入れることができます。勿論、理解できない、受け入れられないという者がいても構いません。自由なのです」
「もしよろしければ、他の絵についてもご意見をお聞かせ願いたいのですが……」
リーナは芸術がさっぱりわからない。なんとなくいいものなのだろうと思うしかない。そのため、エゼルバードが飾られてある絵についてどう思うのかを聞けば、勉強になる気がした。
リーナが芸術に関する勉強をしたいと思っていることは誰もが察知した。
「リーナは勉強家ですね。勿論、構いません。ですが、あくまでも私の個人的な意見だということを忘れずに。芸術は自分の思うままに、感じるままでいいのです」
「わかりました!」
リーナは嬉しそうに答えたが、他の四人はつまらない話になりそうだと感じた。
そのため、セイフリードはさっさと席を立つと、別の席に移動して目を閉じた。勝手に一人で休憩するという意思表示だ。
それを見たフェリックスとルーシェも立ち上がり、セイフリードの所に行くと話を始めた。
「向こうに行け!」
「そういえば、ようやく新作がでましたね。レールスの名探偵シリーズです。高貴な者がお忍びでレールスに来るという設定でしたが、あれはもしかするとクルヴェリオン王太子やセイフリードがレールスに来たことがきっかけだったのかもしれません」
「小説家は長い時間をかけて執筆する。さすがにそれはこじつけじゃないかな?」
ルーシェが反論すると、フェリックスが首を横に振った。
「僕も最初はそう思いました。でも、偶然にしては出来過ぎているなと」
「偶然も何も、レールスに来たというだけの話だろう?」
「最後に事件が解決した後、焼き鳥の有名な店に食事に行くという場面で終わるのです。そして、セイフリードは焼き鳥を食べに行ったと言っていました」
ルーシェは反論した。
「レールスは鶏肉が有名だ。焼き鳥位、いくらでも食べることができるはずだ」
「でも、甘辛いタレが美味なというくだりがありました。僕の知る情報では、レールスで一番人気があるのは甘辛いタレが評判の店らしいのです」
「僕は焼き鳥よりも肉団子が好きだけどなあ」
レールスに到着した際、フェリックス達は名物の鶏肉は勿論、焼き鳥も食べに行った。その際、ルーシェは初めて食べた肉団子が気に入り、おかわりをしていた。
「僕はタレが美味だという評判通り、甘辛いタレのものがいいと思いました」
「セイフリードはどれが良かった? 肉団子? それとも甘辛いタレ?」
不機嫌そうな表情をしていたセイフリードは目を開けて二人を睨んだ。
「うるさい!」
「ちょっとだけ意見を聞いただけじゃないか」
「一言答えれば終わりです」
セイフリードは答えた。
「馬鹿なやつらだ。レールスで最も美味なのは鶏肉だ。ソースではない。肉の味を最も感じられる素焼きがいいに決まっているだろう!」
セイフリードの答えは一言では終わらなかった。
「どうしても味付けが欲しいのであれば塩味だ。コショウやレモン、ハーブは邪道だ。レールスの鶏肉には臭みがない。肉の臭みを消すような香辛料を大量に使う必要はないというのが特徴だ。帰りにレールスに寄る時は、自らの過ちを取り返して来い!」
フェリックスとルーシェは笑いながら思った。
セイフリードはうるさいといいつつもしっかりと答え、更にはおすすめ料理まで教えてくれた。帰りは素焼きを食べるしかない。
「フェリックス」
「何でしょうか?」
「お前は甘辛いタレの店が一番人気だと言った。それは素晴らしきエルグラードの旅、観光三昧エルグラード編といった雑誌による情報ではないか?」
セイフリードの指摘にフェリックスは驚いた。
「実はそうです。エルグラードに行く際に観光情報誌を何冊か読みました。両方とも甘辛いタレの店が一番人気だとありました」
「それは嘘だ」
セイフリードは断言するように言った。
「観光情報誌というのは、記事を書く者や出版元の意向が強く反映される。そのため、必ずしも正しい情報ばかりが載っているとは限らない。巧妙な嘘が本当のこと、正しいと思わせるように書かれている」
セイフリードはフェリックス、ルーシェに説教するように説明し始めた。
「非常にわかりやすく説明すると、あのような情報誌は多くの情報を集め、それをまとめて一冊の本にする。それはわかるか?」
「わかります」
「当たり前だね」
フェリックスとルーシェは頷いた。
「では聞く。素晴らしきエルグラードの旅、観光三昧エルグラード編はいつ発行された?」
「去年の春と秋ですね」
「この二冊はどちらも一年に一回発行されている。だが、よく考えてみろ。一年で広大なエルグラードの端から端までの最新情報を集めることが可能か? 莫大な人員や費用がかかるのではないか? その割に安価な雑誌ではないか?」
「そうですね」
「ふむ」
「見比べればわかる。はっきりいえば、情報の使い回しがほとんどだ。編集の仕方や微妙な書き方の違いだけで誤魔化している。その程度は王都に一人いればできる仕事だ」
確かに広大なエルグラード中の情報を集めるのは大変だ。一年に一回、必ず新号を発行しなければならないというのであれば、取材期間は余計に短い。以前の情報を使い回ししていたとしてもおかしくない。
「そして、僕がなぜこの二つをあげたのかといえば、この二冊は情報が似通っている。つまり、春に発行される素晴らしきエルグラードの旅の情報を、秋に発行される観光三昧エルグラード編の出版元は利用し、情報を得ている。あるいは現地における情報特派員のような仕事を受け持っている者が同じなのかもしれない。本当に最新の情報が書かれているのはほんの一部だ。それが一年以内に本当に調べた部分になる」
「あの二冊はどの程度信ぴょう性が高いのですか?」
「ぜひ、知りたいね」
「僕はどちらも薦めない。なぜなら、あの二冊は五年前の情報を未だに最新号に載せている。五年前のことを最新の情報のように載せている情報誌を信用できるか?」
「それは酷いですね」
「セイフリードはどうしてそのことを知ったの?」
「簡単だ。レールスに行った際、僕は少しだけ観光をした。探偵博物館も見学した」
あそこにわざわざ行ったのかとフェリックスとルーシェは思った。
「レールスの名探偵シリーズは近年出版されていない。そのせいで探偵博物館の見学者が減ったのだろう。入場料金が値下げしていた。情報誌には千五百ギニーとあったが、実際には千ギニーだった。そして、以前は入場料と椅子券をセットで二千ギニーにしていた。だが、今では椅子券は別になり、五百ギニーになっている。入場料が千五百ギニーだったのは五年前。四年前は最新作が発売された年のため、椅子券とセット販売、二年前からは値下げして椅子券も別になった。情報が更新されていなかった」
「思わぬ発見があったわけですね」
「探偵博物館に行って良かったね」
二人は苦笑したが、セイフリードの説明には続きがあった。
「僕はレイフィールと焼き鳥を食べに行った。その際、どのような店に行くのか聞いた。レイフィールは現地情報も事前にしっかりと調べさせ、報告を受ける。今回は兄上もミレニアスに行くということで、余計に細かな情報を入手するよう指示を出していただろう。その結果、レールスで一番人気は甘辛いタレの店ではないことが判明した」
二人は情報誌にある記事の内容が完全に間違っていることを理解した。エルグラードの軍を統括する者の情報が間違っているわけがない。
「では、なぜ甘辛いタレの店が一番だとあるのか? 情報が古い、あるいは記事を書いた者の嗜好のせいかもしれない。だが、よく考えろ。レールスは国境の側にある。つまり、観光に行くとしても非常に遠い場所だ。鶏肉が美味だというだけではわざわざ行かない。魅力にならない。他にも鶏肉料理が名物の地方がある。そこで、より素晴らしいと思える情報を付け足す必要がある。エルグラードの上流階級の者達は様々な肉料理を食べるが、ソースで味の良し悪しを決める風潮がある。珍しい美味なソースの鶏肉が有名だと書けば、食べてみたいと思う。情報誌には甘辛いタレとしか書いていないため、どの程度甘辛いのかわからない。現地に行って確かめるしかないと考える者もいるだろう」
「セイフリードが賢く見えて来た」
「知能指数は高いよね。きっと」
「観光情報誌は観光に役立つように書くべき本だ。名物料理やその材料を取り寄せるための本ではない。鶏肉の素焼きが有名だと知った多くの者はレールスに行くよりも、レールス産の鶏肉を買えばいいと思う。家で素焼きをすればいい。簡単だ。レールス産の最高級の鶏肉を買ったとしても、旅行代金に比べれば安い。だからこそ、ソースの情報を盛り込む。お前達がいかに情報に踊らされているかがわかったか?」
「セイフリードも観光情報誌を読んだことがわかった」
「セイフリードも情報に踊らされないようにしないと。一緒に外出しよう! 王都のおすすめを案内してよ」
「断る!」
なんだかんだいいつつもセイフリードはいい友人だとフェリックスとルーシェは密かに思った。





