451 屋敷の案内
昼食後は何か決まった予定があるわけではなかった。
しかし、客達が大人しく部屋で過ごすわけがなく、レーベルオード伯爵家の屋敷を案内して欲しい、特別な美術品などがあれば見てみたいと希望した。
そこでリーナが希望者達に屋敷の中を案内することになった。
但し、正面玄関からギャラリーを通って南館の元肖像画の間だった部屋までというコースになるため、非常に目新しい場所ばかりではない。
昨夜とは違う昼間の雰囲気を感じながら、飾られている美術品などについて解説しつつ、屋敷内を散歩するという内容だった。
まずは正面玄関を入ってすぐになる玄関の間に移動する。
最も目を引くのは黄金の扉だ。当然、その解説になる。
「こちらは七代目当主が結婚した際、ご友人だった当時の王太子殿下から贈られたものになります。この扉をつけるために玄関ホールを区切って広間を作り、設置したそうです」
リーナは自分がパスカルから説明された内容と同じような解説をした。
「併合時代のものですね」
早速美術品に興味があるエゼルバードが興味を示した。
何も言われなくてもすぐにいつの時代のものかを判別できてしまうのは、エゼルバードがそれだけ美術に詳しい専門家だということをあらわしていた。
「アークローズがあるのは大変貴重です」
「アークローズ?」
エゼルバードの発した言葉にフレデリックは怪訝な表情になった。
「特別なバラなのか?」
「そうです」
エゼルバードはそれしか言わず、アークローズについて説明することはなかった。
エゼルバードは芸術科で学んでいたこともあり、美術分野に関する知識はかなりある。しかし、その知識は自分のためにあり、他人のためにあるものではない。
ロジャーがいれば説明をしたかもしれないが、わからない者のためにわざわざ説明するほどエゼルバードは親切でもなく、また、自身の知識をひけらかす趣味もなかった。
フレデリックの視線は案内役であるリーナに移った。
「アークローズというのはなんだ?」
リーナに同行していたハンスとメアリーは動揺した。自分達は知らないため、説明できない。
屋敷に長く住んでいるわけでもないリーナがわかるわけもないと思ったが、リーナは動揺することなく答えた。
「王家のバラです」
リーナは更に説明した。
「レーベルオードといえばスズランで、しかも扉全体に散りばめられているのでそちらに気がとられてしまうのですが、上部の隅には小さなバラがあります。アークという発音だけでは綴り違いの言葉が複数あり、適切な意味がわかりにくいのですが、この場合は首位、第一のという意味になります。エルグラードで首位、第一といえば、真っ先に思いつくのは王家です。王太子からの贈り物ということで、王家のバラ、アークローズがあるのだと思います」
リーナの説明は正しかったため、エゼルバードは満足そうに微笑んだ。
「しっかり勉強しているようですね」
「王宮では様々なバラがあるので、説明を受けました」
王宮や後宮にはバラの装飾があちこちにある。部屋にもあれば家具にも調度品にもある。見れば見るほどバラだらけなのだが、全てが同じバラというわけではない。
単純に制作者やデザインが違うというだけでなく、重要な意味を持つバラという場合もある。
王家をあらわすバラはロイヤルローズと言われるのが一般的だが、古い時代における王家のバラは別の名称で呼ばれることもある。その一つがアークローズだ。
リーナは屋敷内を検分する際、できるだけ細かく見るように心がけていた。掃除をしっかりしているかを確認するためだったが、黄金の扉の上部に小さなバラがあることにも気づいていた。
リーナをサポートするために同行していたアリシアは、自分が教えた知識をリーナが忘れず、活用できていることを嬉しく思った。
但し、その説明だけではせっかくの素晴らしい逸品を自慢しきれない、勿体ないとも感じ、発言することにした。
「貴族の屋敷には王家や王族から贈られた品だと伝わるものがございます。ですが、その真偽を証明するのは古い時代の品ほど難しくなります。この扉はアークローズがあるため、すぐに王族から贈られたのだろうと判別することができます」
アリシアの補足にフレデリックだけでなくフェリックスやルーシェも興味を示すような表情になった。
「本来アークローズは王宮や王族の品にあしらわれ、贈り物にはありません。だからこそ、この扉はとても貴重で価値があるのでございます。それだけレーベルオードが王族に寵愛されていたという証です。ここに飾れば、屋敷に出入する全ての者に知らしめることができます。寵愛を示すために与えた品を出し惜しみしていては、王族の意向に添っていないため、かえって無礼になってしまいます。七代目の伯爵はそのことをよくおわかりになられていたからこそ、改築してでもここに扉を置くべきだと思われたのでしょう」
アリシアの説明を聞いた全員はその通りだと納得した。
王族から贈られた品だと伝わっていたとしても、その真偽は証明しにくい場合もある。しかし、このように特別なバラ、アークローズがあれば一目瞭然だ。本当に王族から贈られた品だとわかる。
本来は王宮や王族の品にしかない模様や装飾ということであれば、それがあしらわれた品が貴族の屋敷にあるというのは非常に珍しいため、貴重だといえる。古いものであるほど、尚更価値が上がる一方だ。
王族から贈られた品は非常に貴重で大切なものになる。普通に考えれば金庫、非常に奥まった場所、特別な場所に飾るかもしれない。正面玄関を入ってすぐにあるというのは非常に大胆であると同時に、その意味が真っすぐに伝わる飾り方でもあった。
七代目にこの品を贈った王太子は、自分が寵愛していることを示すために贈った。七代目はこのような特別な品が贈られたことを名誉だと感じ、誇りにしたいからこそ、レーベルオードの屋敷に来た者すべてにそれがわかる場所に飾ったように思えた。
リーナも同行していたハンスやメアリーも、アリシアの説明の素晴らしさを実感した。
アリシアはレーベルオードの者ではない。事前にこの扉の説明を受けているわけでもない。しかし、自分の持つ知識をうまく活用し、レーベルオードやこの扉の凄さを実感させるような補足をした。
次からはアリシアさんのように説明しないと。
心の中でリーナはそう思ったが、ハンスもメアリーも同じように考え、頭の中に説明内容を刻み込んだ。
次に移動したのは玄関ホールだ。
ここには以前、椅子を始めとするアンティークの家具が置かれていたが、今はほとんど片づけてしまったためにない。仮面舞踏会のために用意された豪華な金の燭台、花や花瓶、それを置くためのテーブルなどがあるだけだ。
絨毯もあえて取り去ってしまったため、白い大理石の床が目を引く大ホールになっている。
「こちらの玄関ホールには以前、絨毯やアンティークを飾っていました。ですが今回はあえて全てを取り去り、必要と思われるものだけを厳選して飾りました。そのため、すっきりとしているだけでなく、床の白さに光が反射し、北向きである割にはかなり明るい印象になっていると思います」
多くの者が玄関ホール全体をぐるりと見渡すように見ていたが、エゼルバードの視線は床の大理石に注がれていた。
それに気づいたフレデリックが声をかける。
「床に何かあるのか?」
「美しいです」
「ルーイン・ホワイトでございますね」
アリシアがさりげなく説明するように言った。
大理石にも様々な種類がある。ルーイン・ホワイトはルーインという場所で産出される大理石で、大理石特有の含有物による模様が際立っていないのが特徴だ。
全体的に白く見えるだけでなく、細かく光る粒が紛れ込んでいることから、光をより反射し、白さをより感じることができる。
「これだけ大きな石材を全体に使用しているのは珍しいのではないかと思われます。レーベルオード伯爵家の白へのこだわりを感じられます」
レーベルオード伯爵家の色は白。だからこそ、屋敷に入って最初となる玄関ホールの色を白にするため、模様が目立たず白一色に見えるような大理石にしたというのはわかりやすい。
石材の多くは同じ大きさの辺となる板状に切りそろえられる。それを何枚もつないで使用するのだが、ウォータール・ハウスの玄関ホールの床にある大理石は通常よりもずっと大きな板だった。
つまり、それだけ元が大きな石を使っているということになるため、小さく切りそろえられたものよりもはるかに高額になる。しかも、これだけ広いホールすべてにとなれば、非常に贅沢な床だということがわかるのだ。
アリシアの言葉を、リーナ、ハンスとメアリーはまたしても頭の中にメモした。
「私の友人達は非常に裕福な者ばかりです。屋敷に招待されたことも多くありますが、どこの屋敷も玄関ホールは白か茶色というのが定番です。大抵はどちらかに統一するのですが、ここは壁紙のせいで随分印象が違います」
リーナはエゼルバードの指摘に緊張した。
以前は赤い絨毯が敷き詰められていたせいで床の白さが隠れてしまっていた。壁紙も赤っぽい茶色で全体的に茶色に統一され、暗いイメージだった。
現在はコーラルの色をした壁紙に張り替えている。
コーラル色の壁紙はホールに温かみを加え、床の白さを強く印象づけている。採光のための小窓もあるため、光も入り、余計に明るい。
リーナは自分にはセンスがないと思っている。建築や美術にも詳しくない。そのため、このようなホールでいいのかどうかはわからない。ただ、全て茶色にするよりは明るくていい気がするというだけだ。
エゼルバードが駄目出しをしないか冷や冷やしたものの、エゼルバードはそれ以上何も言わなかった。





