45 タオル
「何かな?」
「タオルです!」
またトイレの備品だ。
リーナはトイレ掃除担当だけに、そういった話になるのは仕方がないとヘンデルは諦めた。
「タオルも勿体ないのかな?」
「そうです」
リーナは頷いた。
「重要な部屋はタオルも最高級品です」
「だろうね。金額が高すぎるの?」
「金額は知りません。でも、よく紛失します」
「へえ」
紛失と聞いてヘンデルは興味を持った。
「どの位? 一気になくなってしまうことがよくあるとか?」
後宮は閉鎖的だ。何事も隠そうとする。
違反行為であっても。
警備の知らないところで処理されていることもあるようだと、調査員から報告が上がっている。
先ほどのトイレットペーパーのことを考えれば、単価は少額でも量や紛失回数によりその費用が大きくになる可能性はある。
「一気にということはありません。一枚とか二枚とか。数枚程度です」
ヘンデルは閉口した。
それはどうでもいいかもしれないと思った。
「控えの間を使う者がトイレも使用します。タオルは使ったら手洗い場の下にある箱に入れます」
わかりやすいように、使用済みタオル入れと書いてある。
「でも、そこにいれないで持ち去ってしまうみたいです。ハンカチがなくてタオルを使用する者もいます。そのままタオルをハンカチ代わりに使おうと思い、持って行ってしまうことがあるらしいのです」
「そうなんだ」
「でも、高貴な身分の者に、備品なので持って行かないようにとは言えません。返却も無理です。仕方がないとなってしまいます」
「それが不満なのか」
ヘンデルは理解者としての体裁を貫くため、いかにも困ったものだというような雰囲気を漂わせながら言った。
「備品のタオルは真っ白のタオルで、何も特徴がありません。後宮の備品だとわかるような模様があれば、持って行きにくいのではないかと思いました。例えば、後宮の最高級品と刺繍されているとか。他の場所でそのようなタオルを使うのは恥ずかしいと思うのではないでしょうか?」
「何度も使うならそうだね。一回で捨ててしまうかもしれないけど」
刺繍が後宮の最高級品とか……むしろ、面白くて持ってかれそう。
ヘンデルは笑いを堪えた。
「一回で捨てるなら、手洗い場の使用済みタオル入れの箱に捨ててくれればいいのです」
「まあね」
リーナの指摘は間違っているわけではない。
ヘンデルは頷いた。一応。
「タオルは白いタオルが圧倒的に多いですし、大きさもほぼ一緒です。出すときにどこの部屋の備品か言わないといけません。部屋によってクリーニングを分けるからです」
「ふむふむ」
「でも、クリーニングカウンターの者が言うには、重要なトイレにある最高級のタオルは元の場所に戻りません。別の場所に行きます。どこだと思いますか?」
「もっと下の者が使う場所、とか?」
使用済みは中古品として格下げになるとヘンデルは考えた。
だがしかし。
「ゴミ捨て場です」
ヘンデルは目を見開いた。
「捨てられるの?」
「最高級タオルは一回で捨てられてしまいます。驚きませんか?」
「うん。驚いた。さすがに無駄だね」
最高級タオルの金額は知らないが、使い捨てと同じだ。
ヘンデルもありえないと思った。
「これも理由があります」
「どんな?」
「最高級品が配備されているのは、王族が使用することがあるかもしれないトイレです。王族が使ったタオルを他の者が使うことはできません。使用済みのタオルを王族が使ったか違う者が使ったのか見分けることができないので、全部捨てられます。焼却処分だそうです」
ヘンデルはこめかみを抑えた。
説明を聞けば、理由がわかる。
王族の使用品をクリーニングし、他の者が再使用することはできない。
それは極めて正当な理由だ。使い捨てでも仕方がないと思えてしまった。
「使い捨てなら高級品でもいいと思います」
微々たる節約だとヘンデルは思った。
「後宮の品はいいものばかりです。だから、ゴミもいいものばかりです!」
「後宮の者が拾うかもだね」
「それはできません」
後宮の規則として、ゴミ箱の中身はゴミとして扱うことが決まっている。
ゴミ箱の中身を勝手に拾ってはいけない。
盗んだと思われると困るため、捨てられる前に貰わなければならないのだ。
「無許可で拾うようなことは避けます。違反や問題行為として処罰されたら大変です」
「そうだね。一応は用心したほうがいい」
「備品に関しては拾うことができません。まだ使える備品をわざと捨て、すぐに拾って自分のものにしてしまうのは違反です」
「そうだね」
「でも、ゴミ業者は拾えます。ゴミとして引き取るからです。処分費も貰えます」
ヘンデルはリーナをじっと見つめた。
「後宮のゴミはゴミ業者が引き取るの? それは間違いない?」
「普通、そうではないのですか?」
「普通はそうだね。でも、焼却処分できないようなものばかりにならないかな?」
「燃えるゴミの一部も業者です」
「そうなの?」
王宮地区内には大規模なゴミ処理施設がある。
焼却処分されるゴミはそこへ集められるはずだとヘンデルは思っていた。
王太子の側近として重要書類を扱うだけに、可燃物の処分方法については確認して把握しているつもりだった。
「燃えるゴミは焼却炉に運ばれます。その手間がかかるので、ゴミ業者に出してしまった方が楽らしいです。いちいち焼却炉に運ぶのが大変だからです」
後宮のゴミは大量に出る。
焼却炉に全て任せるのは負担が大きすぎるため、王宮地区から持ち出せるかどうかで判断される。
リーナの説明を聞いたヘンデルは眉をひそめた。
「なんでそんなことを知っているのかな?」
「ゴミはある程度分別しないといけません。新人が担当します」
新人の仕事にはゴミ出しや分別もある。
掃除部であれば誰もが経験することだった。
「ちゃんと分別しないと怒られてしまいます」
リーナはため息をついた。
「ペンも分別します。私は書類仕事があるのでペンを使います。支給品がないので購買部で買うしかありません。インクがなくなるとペンごと捨てるしかありません。購買部では補充のインクを売っていないのです」
「補充インクがないの?」
「そうです。なので、またペンを買うしかありません。備品のペンは、備品の補充インクを使えます」
「備品のペンがあるなら、貰えばいいんじゃないの?」
リーナは首を横に振った。
「召使いには支給されません。侍女や侍女見習い、役職付きなどでないと駄目なのです」
召使いはペンを使うような仕事をしないのが普通だけに、個人への支給はない。
「でも、そういう仕事をしているよね?」
「本来は侍女や侍女見習いがするらしいのですが、私は掃除時間が短いので、侍女や侍女見習いを補佐するために巡回の仕事もしています」
「侍女や侍女見習いの仕事なのに、していいの?」
「あくまでも補佐業務なので大丈夫のようです。ただ、階級で出入りできる場所の制限がありますので、それは守る必要があります」
「ふむ」
「綺麗なペンも補充インクがないせいで捨てられてしまいます。壊れているというわけではありません。ゴミ業者が拾って補充インクを入れれば、中古品として売れるのではないでしょうか?」
「補充インクを購買部で売るように希望を出してみるとか」
「購買部には希望を出せません」
何を売るかは、購買部の者が判断する。
「側妃であっても購買部の商品については希望を出せないらしいです」
「へえ。なんで知っているの?」
「トイレで話している購買部の人と侍女がいました」
さすがトイレ掃除兼巡回係だなあ!
ヘンデルは感心した。
トイレでこっそり話されているような話題も知っている。
内容によっては使えるのではないかと思った。
「側妃は後宮に住むだけで、後宮の運営には口を出せず、規則を変えるようなこともできないそうです」
口を出せると、側妃とつながる人や物を優遇できてしまう。
「後宮は王族のものです。側妃のものではありません。側妃は尊重されつつも、権限はないも等しく、大人しく規則通り生活するようにするのが務めだとか」
「まあ、そうだね」
側妃というと凄いことだと誰もが思う。
だが、実際は寵愛されるかどうかでかなり違う。
長い歴史の中で権勢を極めた側妃がいたのは事実だが、闇に葬られるかのごとく冷遇された側妃も多くいた。
側妃は王族に寵愛されるかどうかで天地が逆転する。
飾りの正妃ならともかく、飾りの側妃になりたいなんて馬鹿過ぎる。
ヘンデルは心の中で吐き捨てるように言った。
「でも、購買部には側妃の実家が関わる商品が扱われるのが暗黙の了解だそうです。王族が配慮するようになるため、後宮はそれに自然と倣うのだとか」
購買部について調べたいなあ……。
購買部の規模からいえば、その予算は相当のはずだ。
不正や問題を見つけることができれば、かなりの手柄になる。
後宮の予算を大幅に減額し、奪い取れる。
だが、協力者を見つけるのが難しいことをヘンデルはわかっていた。
とはいえ、意外なところで意外な人材を発見することはできた。
リーナだ。
どうでもよさそうな話もあったが、リーナから聞いた情報をヘンデルは記憶すべきだと判断した。