44 トイレットペーパー
「どんなことかな?」
ヘンデルは浮き立つ気持ちを抑えながら尋ねた。
「掃除道具入れです」
リーナは答えた。
「この部屋の隣にあるトイレの掃除道具入れは、凄く豪華な戸棚です。おかしいです。普通はもっと安いというか、いかにも掃除道具入れという感じの戸棚にするのではないでしょうか?」
「ああ、まあ、そうだね」
そういうことか……。
ヘンデルは内心がっかりした。
だが、そんな素振りは全く見せずに頷いた。
「でも、高貴な者の目に入るかもしれない。だから豪華なんじゃないかな? 粗末な戸棚を置くわけにはいかないよね?」
「そうですけど、無駄な気がします。それにトイレットペーパーも」
ヘンデルはかなりの失望感を感じた。
クオンが使えないと言ったのがわかった気がした。
「四種類もあります。最高級・高級・標準・低品質です。トイレによって使い分けています」
「それはおかしくないよ。高貴な者は最高級で、下働きは低品質ってことだよね?」
「そうです」
ヘンデルの予想通りだった。
「でも、凄く金額の差があるらしいのです」
「それが普通だよね?」
最高級品と低品質の値段が同じわけがない。
「この部屋のトイレットペーパーは最高級です。別のところは高級や標準です。備品交換や在庫を数える時に触りますけれど、差がないです」
「トイレットペーパーだから微妙な差なんじゃないかなあ?」
「私も最初はそう思いました。でも、今はちょっと怪しいと思います」
「怪しいの?」
リーナの言葉にヘンデルは少しだけ興味を引かれた。
「高級なものを置くはずなのに、低品質のものが置かれているってこと?」
「価格です」
ヘンデルは眉をひそめた。
「なんで価格が出て来るのかな? リーナちゃんは備品の金額なんて知らないでしょ?」
「最高級のトイレットペーパーは一個三千ギニーすると聞きました」
「誰から?」
「上司からです。なので、紛失していないか確認するためにも、在庫の数は毎日しっかり数えるようにと指示されました」
「なるほど」
ヘンデルは頷いた。
「それは確かに高いねえ。最高級品だから仕方がないだろうけど」
「でも、実際は五千ギニーで購入しています」
ヘンデルは眉をひそめた。
「二千ギニー違うね?」
「納入費がかかるせいです」
「ああ、納入費ね」
王宮に物品が納入する際、納入費というものがかかる。
これは物品を納入するためにかかる費用だ。
配送代のことだった。
「備品部に行った際に一箱五千ギニーだと聞きました。私は一個三千ギニーだと聞いたと言ったら、それはトイレットペーパーだけの値段で、実際は一箱ずつ包装されたものが納入されるので、一つあたり五千ギニーだというのです」
備品部の話によると、箱と包装紙はわざわざ一つずつ箱に詰めるよう指定している。
だが、備品部から受け取る時に包装紙と箱は捨ててゴミになる。
「補充とかで必要な人はトイレットペーパーだけを貰います。箱も包装代も意味がないのです」
「ふむ」
「箱や包装は無駄だといったら、重要だと言われました。箱入りで包装してあれば、トイレットペーパーに毒物が塗られたり、傷ついたりしないからです。安全性を高め、品質を保持するためだそうです」
しっかりとした理由があるとヘンデルは思った。
「でも、戸棚にはむき出しで置いてあります。むき出しによって安全性が低くなると言うのであれば、戸棚にある時に毒を仕込むことが可能なのではないでしょうか?」
「内部の者がするという前提ならそうだね」
トイレットペーパーに毒を仕込む者はいないと思うけれどね。
心の中でヘンデルは付け加えた。
「外部の者はトイレットペーパーがどこの備品になるかわかりません。無差別であればともかく、狙った相手の元に届くかはわかりません。毒を仕込む意味がないように感じます」
「そうかもね」
「納入時に包装したままだと中身をチェックできません。同じ包装の別のものだとしても気づきません」
トイレットペーパーと一緒になる別のものって何だ?
何もないというのがヘンデルの答えだ。
「納入費は仕方がないとしても、ゴミにお金支払うなんて無駄です!」
リーナはきっぱりと言い切った。
「絶対に千ギニー分位は損しています! 十個納入なら十個用の箱一つにすればいいのです。十個の箱に分けて包装する必要はないと思います。一個を十個にわければ、箱代は十倍です! 百個に分ければ百倍です!」
リーナはだんだんと強く意見を述べるようになった。
「ここの控えの間のトイレには二十個のトイレットペーパーがあります。六万ギニー分ですが、納入費込みで十万ギニーです。そして、一年に一回、全て新品に取り換えます」
「えっ? そうなの?」
初耳だとヘンデルは思った。
耳に入りようがない情報だとも。
「前日に交換したばかりでも捨てられます。十万ギニーが毎年捨てられます。六ケ所なら六十万ギニーです。もっと多くの場所ならそれ以上です。勿体ないと思いませんか?」
「何で捨てるの?」
「ずっとむき出しで置いたままだと、品質が落ちるからだそうです。私が知るだけでも六十万ギニーです。後宮中ならもっと多いはずです」
ヘンデルはなんと答えていいかわからなかった。
確かにリーナの言いたいことはわかる。
無駄だ。
トイレットペーパーとはいえ、計算されれば相応の額になっていく。
十カ所なら百万ギニー。数えるほど増える。
側妃や候補の部屋なども全て最高級だとすれば、百カ所以上になるかもしれない。
そうなると一千万ギニー。ちりも積もれば山となる。
「無駄かもね」
「そうです。無駄です! でも、トイレットペーパーだからって軽視されているに違いありません!」
リーナは少し怒っていた。
トイレットペーパーだからといって軽視するのはよくないと思っていた。
「このトイレットペーパーを納めている商人は、楽に儲かってしまいます。全く使われなくても、一年に一回は大量に交換されます。その分沢山購入して貰えます」
ヘンデルは目を細めた。
その通りだと思った。
全く使わなくても廃棄処分になる。交換になる。
後宮は必ずその分を購入する。商人は安定した取引をできる。
そこに癒着や横領などの不正が絡むこともありえる。
ヘンデルはリーナを見直した。
たかがトイレットペーパー、されどトイレットペーパー。
そして、不正はどんなに小さくても不正だ。
調査口実になる。
「まだあります!」
リーナは勢いよく叫んだ。