439 白の食堂
リーナは晩餐が終わるとすぐにレイフィールと共に移動した。
白の食堂には第四王子とパスカルがいるはずだったが、それ以外にも急きょ客の数が増えるということは知っていた。
しかし、クオンが来るとは夢にも思っていなかったリーナは、緊張と嬉しさを隠さずにはいられなかった。
「リーナ、いいか?」
レイフィールはわざとドアの前に行く前に立ち止まった。
ドアの前に行くと、侍従達がドアを開けてしまうため、その前にリーナの心の準備が整っているのか確認したのだ。
「クオン様がいらっしゃるなんて……どうしようもなく緊張しています!」
「兄上もお前に会いたがっていた。だが、セイフリードがいることを忘れるな。セイフリードは細かくてうるさい。無礼なことをすればすぐに怒り出し、注意されるだろう」
「今のお言葉で気持ちが引き締まりました!」
リーナがまさに表情を引き締めて言うと、レイフィールは笑みを浮かべたまま頷いた。
「では行くか」
ドアが開かれた。
リーナの視線はすぐにクオンを探した。そして、クオンの姿を見つけた瞬間、心の中にあった想いが一気に込み上げた。
「兄上、待たせてしまったようだ。すまない。晩餐は無事終えることができた。リーナは自らの役目をしっかりと務めていた」
レイフィールはすでにダイニングテーブルの上にすでにデザートもなく、食後のお茶も終わり、その後に出されたのであろう菓子皿があるのを確認しながら言った。
予定ではまず王族達が優先的に食堂に案内される。だからこそ、王太子及び第四王子、第二王子、第三王子の順番に案内された。
その後、各食堂では同じ晩餐が始まる。四カ所同時に食事となると、部屋ごとに食事のペースが異なるため、給仕のタイミングや料理を仕上げるタイミングが非常に難しくなる。
そこで各部屋に対する食事の給仕のタイミングをずらし、調整されることになっていた。
白の食堂の食事が早く終わってしまうことは予想範囲だった。なぜなら、王太子は食事のペースが速い。執務の合間に食事を取ることがほとんどのため、食事は早く済ませてしまう。
また、第四王子はかなりの好き嫌いがあり、気分によっても食事を取らないということが伝えられていた。実際は食事が安全かどうかを疑ってしまうために食事にほぼ手をつけない。そのせいで早く終わるというか、ほぼ残される。
臣下であるヘンデル、キルヒウス、パスカルは王族の食事が終わっているというのに、自分達だけゆっくり食べるわけにはいかない。王族のペースに合わせようとするため、結果的に食事が早く終わるのだ。
「リーナ」
クオンは名前を呼んだ。自分の側に来るように呼び寄せるつもりだったが、すぐにやめて立ち上がり、自らがリーナの元に行くことにした。
王太子はエルグラードで二番目に偉い。誰かを呼ぶことがあっても、自らがわざわざ行く必要はない。
それでもクオンが自ら赴くことにしたのは、リーナの側に早く行きたい気持ちだけでなく、リーナがすぐに動くことができないような気がしたためだ。
リーナは嬉しそうな顔をしたが、すでに潤んでいた瞳からは、抑えきれない感情が涙となってこぼれ落ちていた。
クオンはリーナのそばに行くと、迷うことなく抱きしめた。
「すまなかった」
最初の一言は謝罪だった。
クオンはリーナの入宮が多少遅れることは事前に予期していた。リーナを側妃にすることに対して反対する者達を説得し、根回しするための時間が必要になる。
国王が外交政策に関わることもあって入宮時期を見合わせるように言ったため、その間にできるだけの根回しをしつつ、リーナの正式な貴族デビューを済ませておくことになった。
クオンが最も味方につけたいのは宰相だ。そのため、宰相の条件を飲んだものの、大まかに合意すればいいというわけではない。
細かい部分に関する話し合いがされることになり、その後、国王、王子達、国王府関係者、重職者達との話し合いや会議が連日行われた。当然、揉めに揉めた。
国王と国王府関係者は大反対をしたものの、国王が最も反発しそうな離宮予算には手をつけないということを条件にしたおかげで国王の了承をこぎつけ、王家予算の一部を統治予算に振り替えること、王家予算と統治予算の一部を削減することが決まった。
しかし、どの程度を振替し、削減するのかが決まったわけではない。厳しい予算検討が始まった。
クオンは通常の執務も多くあるだけにリーナとのデート時間を捻出できず、約三回予定していたデートは延期か中止になり、一度として実行されなかった。
「会いたかった」
クオンは正直に自分の心情を打ちあけた。しかし、そのことをリーナはわかっていた。
ずっとクオンに会えないままでいることの不安を見越したパスカルが、王太子の予定が詰まり過ぎていてろくに睡眠時間もないというような話をしていた。
そして、妹のために内密に花を贈って欲しいと直接進言し、仕事に忙殺されているせいで手紙も贈り物もしていないという事実をつきつけ、王太子が慌てて花を贈るよう手配を命じたことをあえて教えてもいた。
それほど王太子が忙しく、また女性に対する気遣いが少し足りないということをリーナに理解させるために。
「私もお会いしたかったです。でも、物事には順序があります。だから、まずは正式にデビューをしないといけないといわれました。私はとても注目されているので、軽々しく王宮に出入してはいけない。謁見し、レーベルオードとしてのお披露目をした後、王宮の催しに正式に出席することになると教えられました」
貴族のデビューの仕方は一つではない。様々な方法がある。
リーナは養女であるため、幼い頃から両親などに同行するような形で王宮に出入していない。しかも、元平民だ。謁見が終わったからといって、すぐに社交界に顔を出すのは身分主義者達の嫌がらせや、立場をわきまえていないという悪評の元になりかねない。
だからこそ、その前に披露の催しをする。王宮や社交界に出入することになるためよろしく頼むというような意味を込めて、親族や親しい者達、有力者を招待する。
披露の催しの招待を受けて出席するということは、基本的には王宮や社交界に出入することはわかっている、了承したという意思表示とみなすのが暗黙の了解だ。
こういった下準備、根回しをしてから、王宮や社交界に顔を出すというのが最も正式で安全なデビューの仕方になるといえた。
「その通りだ。私が来たことで、お前は王宮に出入する権利を与えられたとわかる。遠慮することなく私に会いに来ることができるようになるだろう」
クオンはただ、リーナに会うために来たわけでもなかった。しっかりと考えて来た。
クオン、ヘンデル、キルヒウス、パスカル、クロイゼルでの緊急会議の後、クオンはヘンデルとキルヒウスだけを残して密かに話し合った。
後でわかることになる。
クオンは心の中でそうつぶやいた。





