437 評価の拍手
レーベルオード伯爵の友人達は晩餐会の趣向や料理を心から楽しんでいた。少なくとも、そう見えるようにふるまっていた。
しかし、一部の者達は胃痛や頭痛、怒りや笑いなど、様々な痛みや感情を抑えなければならなかった。
魚料理のタイトルは「遠くから来た」、口直しのソルベは「消えてしまう」というタイトルだ。
リーナの真の出自を知る者達にとっては、レーベルオード伯爵の狡猾さを実感するしかなかった。
単純に考えればいい。
わざわざ海魚を取り寄せた。だからこそのタイトルだ。遠くから来た。魚が。
今回はレーベルオード伯爵家の催しだが、実はヴァーンズワース伯爵家に関係することでもある。なぜなら、次代はレーベルオード伯爵がヴァーンズワース伯爵にもなるからだ。
消えてしまうというのはヴァーンズワース伯爵家のことだ。だからこそ、この件に関してヴァーンズワース伯爵のことを気にかける必要は全くない、消えてしまう者だという暗示にも思える。
いくらでも考えようはあるのだが、リーナのことを知っているせいで、それができない。
食事は美味、酒も美味。しかし、他にも気になってしまうことが多すぎて、あら捜しをする余裕は誰にもなかった。
肉料理が用意された。
「只今、ご用意しておりますのは肉料理、産地は長い方が優先される、でございます」
料理のタイトルにしては、わかりやすくも難解だと感じる者が続出した。
「こちらは国産最高級グレードの牛肉ソテーになります。ですが、肉になりました牛が生まれたのはミレニアスです。牛はミレニアスで生まれて短期間飼育された後、エルグラードでそれ以上に長い期間飼育されたため、産地はエルグラードになりました。これは法律で決められていることですので、まぎれもなく国産牛の肉でございます」
大食堂に笑い声が響いた。
レーベルオード伯爵の友人達が大爆笑したためだが、他にも笑いを堪えきれない者、大笑いする者達が続出した。もう笑うしかないと思った者や、周囲に合わせておこうと思った者もいた。
「パトリック、今夜の晩餐会は史上まれに見る素晴らしいものだと私は思う」
「その通りだ。まさかお前がこのような晩餐会を催すとは思わなかった。意外過ぎて笑いが止まらない!」
「鉄壁の無表情がウリのくせに、ユーモアのセンスがなぜかある」
「いや、パトリックはユーモアだと思っていない。大真面目だ。それが面白い」
友人達が絶賛するものの、レーベルオード伯爵は相変わらず無表情。
だからこそ、友人達は余計に笑いを堪えきれなかった。
「これだけ笑っている者がいるというのに、つられて笑わないのが凄い」
「感情が欠如していると言われるのも仕方がない。ガードが鉄壁過ぎる!」
「パトリックはすでに笑わない仮面を被っている。仮面舞踏会においても仮面は必要なさそうだ」
「おお、そういうことか!」
リュクスは大食堂をわざとらしく見回した。
「ここにいる者達はすでに仮面を被って生きているような者達ばかりだ。仮面舞踏会で更に仮面を被る必要はない。だからこそ、仮面を被る条件にあてはまらないわけだな?」
「私は毎日鏡で仮面を見ていたのか。知らなかった……」
「もっとましな仮面を被れ!」
「父親と母親の仮面がイマイチだったせいだ。どうしようもない」
「見た目の問題ではない。鉄壁かどうかの問題だ」
くだらないと思えるような話題に花が咲くが、その方がましだと思う者達もいた。
リーナの真の出自は国家機密になる。
レーベルオード伯爵は料理によってリーナの素性に関する披露をしているも同然だというのに、その内容は国家機密の漏洩にならないような絶妙なものだった。
自分の余計な一言が、国家機密の暴露につながってはいけない。もしかすると、レーベルオード伯爵は誰かの口が滑るのを狙っている可能性もある。
レーベルオード伯爵の思惑に乗るな。無視すればいい。
そう自分自身に言い聞かせた者の中には宰相もいた。
最後のデザート。
「只今、ご用意しておりますのはデザート、大切なもの、でございます」
侍従が最後の品について説明をした。
「レーベルオード伯爵家ではこれまでスポンジとムースにビターチョコレートを使ったレシピのケーキをお出ししていました。が、今宵はチョコレートクリームを加えました。また、第七代当主が当時の王太子殿下から賜りましたデザート皿に、エルグラードのバラの飾りをあしらっております。シンプルではございますが、レーベルオード伯爵家らしさを皆様にお伝えできればと思います」
貴族の家にはそれぞれ家を代表する色や花があるが、それ以外にも細かく定めていることもよくあり、名門貴族ほどこだわる場合が多い。
レーベルオード伯爵家における晩餐会のデザートにおいては、チョコレートケーキになる確率が非常に高かった。
その理由は比較的単純で、白くないデザートだからだ。
レーベルオードは家の色が白になる。家の花もスズランで白い。
そういったことを考えると白いデザートを定番にすると考えそうだが、料理を乗せる皿の多くは白やスズランの柄になる。そこに白いデザートでは映えない。
そして、レーベルオードを象徴する白を最後に食べられてしまい、無くなってしまうということを避ける縁起担ぎもある。
最後に残るのはレーベルオード伯爵家にちなんだようなデザート皿だけになる。それにかけてレーベルオードは残り続けるということを暗示させる意味合いもあった。
また、レーベルオード伯爵家の新しい女性に関する催しということをあらわすように、最後は女性的なケーキを暗示させるクリームを加えたケーキが饗された。
今回使用されたデザート皿が第七代当主にちなんだ品であることも、しっかりとした理由があった。
レーベルオード伯爵家は名門貴族に相応しい多くの優秀な人材を輩出しており、中には王族と非常に親しくしているような先祖もいた。
レーベルオード伯爵家の中で最も王族と親しくしていたのは第七代当主で、王太子の幼少時から側にいて仕えた。
当時の王太子は第七代当主を親友とみなし、深い友情を示すようなことをした。王太子は沢山の贈り物を親友に贈った。正面玄関を入ってすぐ目に入る黄金の扉だけでなく、このデザート皿も贈り物の一つだった。
白い皿の大部分はバラの花が咲き乱れているが、バラの側にはスズランが寄り添うように必ずある。王太子が自身をバラ、親友をスズランに見立て、常に共にあるという意味合いが込められていた。
現在のレーベルオード伯爵家の跡継ぎであるパスカルは二人の王族の側近を兼任するほど重用され、まさにすぐ側にいるともいえる存在だ。
そして、王太子がリーナを庇護していること、寵愛していることを知る者達にとって、この皿はレーベルオード伯爵家が王太子と強い結びつきがあるということを誇示しているメッセージだと受け取った。
大切なものというタイトルからいっても、レーベルオードは王太子との関係やリーナのことを大切にしていく、守っていくということを宣言しているように思えた。
レーベルオード伯爵は最後に主催者として、レーベルオードの当主として言葉を述べた。
「今宵はエルグラードを真に支える方々を迎え、共に食事をする機会を得られたことに感謝申し上げる。客人の方々は非常に多くのことを知り過ぎているがゆえに、たった一つの些細なことから、多くのことを考えてしまうかもしれない。しかし、レーベルオード伯爵家に新しい家族を迎え入れたことを、私や息子が心から嬉しく思っていることはこの場ではっきりとお伝えする」
レーベルオード伯爵は最も重要なことは暗示でも相手に考えさせるのでもなく、自分の口からはっきりと言葉にして伝えた。
「また、この後は仮面舞踏会が催される。時間が貴重であることはわかっているものの、可能であればぜひ少しだけでも参加していただきたい。この場にいない高貴な方々も特別席から観覧される予定になっていることをお伝えし、これにて晩餐の終了とさせていただく」
レーベルオード伯爵の挨拶が終わると、招待客が拍手した。
拍手は終わりだということを受け入れる意思表示、晩餐を味わったという意味であり、どのような時間や気分を過ごしたかの評価でもある。
レーベルオード伯爵の友人達は勿論、最大限の拍手をした。大いに味わい、楽しみ、素晴らしい晩餐会だったという意味だ。
そして、レーベルオード伯爵の上司である内務大臣も満足気な表情で拍手し、渋い表情ではあるものの、宰相も拍手をしていた。
それに合わせる形で拍手をする者が多く、晩餐会は十分に評価されたということになった。





