436 遠慮ない者達
金の大食堂には第三王子レイフィールがいたことにより、招待客はリーナへの十分な配慮を見せていた。つまり、余計な事は言わず、王族の意向を尊重し、雰囲気が重々しくならないようにしていた。
しかし、レーベルオード伯爵のいる大食堂では違った。
レーベルオード伯爵家は確かにまぎれもなく名門貴族であり、一目も二目もおかれるような家柄だ。
だが、上には上がいる。
名門貴族と呼ばれる者達の中で、レーベルオード伯爵家は最高位でも序列一位でもない。より格上の家柄が存在する。
また、レーベルオード伯爵は官僚でもあるため、官僚としての上司もいる。
大食堂に集まったのはレーベルオード伯爵の友人達を除けば、レーベルオード伯爵よりも上になる者ばかりだった。
そのような者は自分より下となるレーベルオード伯爵に配慮も遠慮もしない。
どのような発言が飛び出るかもわからないため、レーベルオード伯爵はあえて食事をする場所を分け、息子や娘を同席させないことで守ることにした。
前菜が饗されると、三種類の花を見た者達のほとんどが眉をひそめた。
バラやスズランはわかる。しかし、チューリップもある。
侍従が花言葉に関する説明を終えると、リーナの真の出自を知る者達は茶番だと感じた。
侍従の説明はあくまでも表面的な誤魔化しでしかなく、実際にはリーナのことを指している。
あるいは現在のレーベルオード伯爵家はエルグラード王家とミレニアスのインヴァネス大公家とつながりがあるということを暗示しているとも取れる。
どう取るかは招待客次第とはいえ、ただの食事が出てくるわけではないことは確かだった。
「只今、ご用意しておりますのはサラダ、隠す必要はない、でございます」
侍従が食事毎につけられたタイトルを伝えた瞬間、大食堂の中は一気にざわついた。
「新鮮なリーフによるシンプルなサラダのように見えますが、下に何かが隠されております。何が隠されているのかに関しましては、お客様自身が解き明かして下さいますようお願い申し上げます」
招待客達は誰一人としてリーフを食べることはなく、すぐに隠されているものが何かを暴くためにカトラリーを動かした。
「バナナか」
「プラーテ・バナナだ。加熱しているからな」
「食べればすぐにわかる」
言葉に出たのは実際に隠されていた食事についてだったが、頭の中で考えられていたこともそれと同じとは限らない。
レーベルオード伯爵がタイトルだけでなく、料理にも工夫を凝らし、何かを伝えようとしていることは明らかだ。それを見つけられるかどうかは自分次第、まさに実力が問われているのだと全員が認識した。
しかし、中には自分の実力だけでは無理だと早々に諦める者もいた。
「パトリック、なぜ、隠す必要はないというタイトルをつけた?」
尋ねたのはレーベルオード伯爵の友人の一人だった。
「サラダなのに揚げ物を取り入れるのは真逆でおかしいからか? それとも、バナナと言っているが実際はプラーテ・バナナでバナナではないことか? それとも、サラダではなく揚げ物が食べたいということか?」
「実は好物なのか?」
質問を加えたのもレーベルオード伯爵の友人だった。
「お前は甘い物が好きだからな。こういったものも好むのか?」
「馬鹿か? パトリックがそんなくだらない謎かけをするわけがないだろう」
飽きれるように答えたのはやはり友人の一人リュクスだった。
「全くわかってない!」
「だったら、お前はわかっているのか?」
「そうだ。わかるなら教えろ」
「ここには自らの能力に自信がある者達ばかりだ。自身で答えを見つけろ。能力のない者は大人しく食べていればいいだけではないか」
「なるほど。リュクスは早々にわからないと諦め、大人しく食べる気だな?」
「無知の知というわけか」
「笑える」
友人達は笑い合った。
「私は無知の知だけではなく、多くのことを知っている。私の実力を舐めるなよ?」
「だったら証明して欲しい」
「自らの能力を見せびらかすチャンスではないか?」
リュクスはレーベルオードに視線を移した。
「パトリック、私は別に自分の考えを披露するのは悪くないと思っている。だが、完全に正解かという部分に関してはお前が証明する必要がある。証明してくれるか?」
「侍従が説明している。それ以外については自由に味わって欲しい」
レーベルオード伯爵が答えた。
「但し、晩餐はコースだ。全ての料理を全て出し終えた後で、見えてくることもあるかもしれない」
「確かにまだ途中だ。早急に判断すべきではないか」
リュクスはそう言うと、他の者達を見下すように眺めた。
「まずは料理を楽しむとしよう。腹が減っているからな!」
「賛成したくはないが、腹ごしらえは必要だ」
「何気にこの揚げたバナナは美味いな。初めて食べた」
「プラーテだ」
「クレープ揚げとでもいうのか? 珍しい食べ方だ」
「これはクレープ包み揚げだ。娘が幼少時に好んで食べていたおやつのようなものだ。今夜は娘を披露するための催しだ。そこで娘にちなんだ料理も取り入れることにした」
「娘にちなんだ料理か」
リュクスは目を輝かせた。
「ヒントをくれるとはありがたい」
「ヒントどころではなく、そのままではないか」
遠慮のない意見が飛び交ったが、レーベルオード伯爵はそれを無視して料理を食べることにした。
サラダが終わるとスープが出された。
誰もがどのようなタイトルがついているのかに注目した。
「只今、ご用意しておりますのはスープ、栄養と愛情を込めて、でございます。こちらはリーナ様のご生母様がお好きなカボチャだけでなく、苦手とされる食材の豆を混ぜ込み、味を変えないようにして栄養も取れるように工夫されたものになります。ご生母様は病弱だったために、そのお食事には特別な配慮がございました」
養女にした娘の好物と思われる品の次は、娘の生母の好む品に関する品だった。
養女になったリーナを披露するための催しであるため、娘を披露するような趣向、娘に関係するような料理にするということ自体は不思議でもなんでもない。むしろ、披露するのであれば自然だといえる。
しかし、リーナの出自は二つある。
一つは平民の孤児という出自。
そのことを知る者達にとっては、わざわざ隠したいであろう過去について披露するのかと驚く一方、一般的ではない珍しい料理をおやつがわりに食べていたということが、平民の孤児という出自との違和感を覚えさせるには十分だった。
もう一つはインヴァネス大公の娘という出自。
この出自は国家機密になっている。しかも、ミレニアスは認めていない。秘密にするしかなかった。
レーベルオード伯爵は養女にしたリーナが軽視されるようなことを望まない。
だからこそ、料理やそのタイトルを通して招待客に考えさせ、牽制することにした。
「カボチャか」
「しかも豆が嫌いだ」
「更に病弱だ」
「どう考えてもあの女性しか思いついないのだが?」
レーベルオード伯爵の友人達は謎解きを楽しむかのように言いたい放題だった。
「エルグラード中を探せば多くいるだろう。だが、レーベルオードやパトリックに結びつく女性となると、あの女性が真っ先に思いつく」
「わざとか?」
「ひっかけかもしれない」
「パトリック、頭が疲れる趣向だ。もっとわかりやすくして欲しい」
「そうだ。もしこれがリリアーナのスープだったら非常にわかりやすい」
リュクスの言葉で大食堂の一部の者達は顔を歪ませたくなるのを必死で抑えたが、無理な者もいた。
「見たか?」
「見た」
「ザルツブルーム公が笑っていた」
「こっちからは見えなかったが、表情が引きつっている者もいた」
「宰相は鉄壁の無表情のままだ。尊敬するしかない」
「周囲の者達がヒントをくれるかもしれないな」
「端の席にしてくれればよかったものを。そうすれば全員の反応を伺えた」
次々に意見が出た。
「端の席からでは逆の端にいる者の細かい表情までは見ることができない。意味がないな」
「他の者と後で情報交換すればいい」
「お前の情報はあてにならない。断る」
「ワインの情報はあてにできるぞ? このワインは非常に素晴らしい。最高級品だ!」
友人の意見に呆れたのはやはり友人だった。
「これだけのメンバーがいるのに、不味いワインを出せるわけがない。最高級品のワインに決まっているではないか!」
「だが、ボトルやラベルを見えないようにしている。そこで、私はあえて宣言しよう。キーリッシュのワインだ!」
「私は違うと思うぞ。キーリッシュのワインはもっと酸味がある。これはモルベレールではないか?」
「味音痴ばかりだ!」
リュクスはやれやれといった表情になった。
「これはミランボーに決まっているだろう?」
レーベルオード伯爵は心の中で全てハズレだと答えた。
そして、味がわからない友人達に出すワインについては銘柄を再考することにした。





