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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第五章 レーベルオード編

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435 素晴らしい食事

 魚料理のタイトルは「遠くから来た」だった。


 エルグラードの国土は大きいが、内陸部にあるため海に面していない。海産物の相場が高く、輸入に頼っている。


 川魚が主流だが、裕福な者達は他国から海水に入れた状態で海魚を生きたまま輸入して食べている。


 新鮮な海魚が饗されるというだけでもレーベルオード伯爵家の裕福さを知らしめていたが、そのタイトルが海魚のことだけでなくリーナのことを示しているというのは簡単に予想できた。


 海に面した国、海産物で有名な国につながる出自かもしれないと思う者達もいた。


 口直しのソルベは「消えてしまう」というタイトルだった。


 魚料理と肉料理の間には口直しにソルベが出る。魚料理で残った口の中の感覚をさっぱりとさせるためだ。


 消えてしまうというのは、時間が経つとソルベが食べられてしまうか溶けて消えてしまうということでもあるが、他にも意味があった。


 ソルベの器はガラス細工のグラスだが、コースターのようなものが蓋のように被さっていた。


 給仕される時はグラスの上に蓋がある状態になる。給仕はグラスを置くと、ソルベを食べることができるように蓋の部分を取り去り、持って行ってしまう。つまり、消えてしまうのは蓋のことも指していた。


 そして、蓋を見た者はそこに紋章が描かれていることを認識していた。


 しっかりと見ていた者、あるいは紋章に詳しい者などであれば、その紋章がヴァーンズワース伯爵家のものであることも理解していた。


 料理やタイトルはリーナに関わることだというのはすでにわかっている。


 リーナは平民の孤児ということになっているものの、実は紋章を持つ家柄の者、ヴァーンズワース伯爵家につながるような血筋の者かもしれないと暗示させるには十分な効果があった。


 ソルベのタイトルは招待客の頭の中をさっぱりさせることはなかったが、肉料理のタイトル自体は難解とはいいがたく、非常にわかりやすかった。


「只今、ご用意しておりますのは肉料理、産地は長い方が優先される、でございます」


 侍従がそう言うと、頭の中にはてなマークが浮かんだ者もいた。タイトルに込められているはずの何か、暗示や意図がわからない。


「こちらは国産最高級グレードの牛肉ソテーになります。ですが、肉になりました牛が生まれたのはミレニアスです。牛はミレニアスで生まれて短期間飼育された後、エルグラードでそれ以上に長い期間飼育されたため、産地はエルグラードになりました。これは法律で決められていることですので、まぎれもなく国産牛の肉でございます」


 説明を聞いたレイフィールは大笑いした。


 侍従が説明したのは牛のことだ。そして、その説明は正しい。


 生まれてずっと同じ国や場所で育った牛はわかりやすいが、途中で飼育される国や場所が変わってしまった場合は、一番長く飼育された場所が産地になる。


 レーベルオード伯爵は今夜のメインとして国産の最高級グレードの牛肉を用意した。しかし、生まれた場所がミレニアスになる牛を指定した。


 リーナがミレニアスで生まれ育ったものの、それ以上に長くエルグラードで育ち、レーベルオード伯爵家の養女になった結果、合法的にエルグラード国籍のエルグラード人になったという意味を含めて。


「笑える……苦し過ぎる!」


 レイフィールは相当ツボにはまったのか、なかなか笑いを抑えることができなかった。


 そして、平然としているセブンを見て褒めた。


「セブン、お前を見直した。よく平然としていられるな?」

「ロジャーに負けたくなかった」


 レイフィールはリーナの向こう側にいるロジャーの顔を見るために覗き込んだ。


 ロジャーはむすっとした表情をしているが、よくみると口角が上がっている。


「ロジャーは失格だ。笑っている!」

「十分、堪えている。声を出していない」


 ロジャーはリーナの本当の出自を知っている。様々な事情も知識も把握しているからこそ、タイトルに込められたメッセージを瞬時に理解してしまい、笑いを完全に堪えることができなかった。


「セブン、別に堪えることではない。大いに笑っていい。今宵は祝宴だ」


 ロジャーは負け惜しみのようにそう言ったが、セブンは表情を変えずに答えた。


「遠慮する。それに、産地は適切に判断され、処理されているという説明だ。何も問題ない」


 リーナの国籍判断や処理に問題はないという暗示を込めたセブンの言葉にもう一度レイフィールは笑い、ロジャーも自らの笑いを抑えるためにわざとらしく咳をした。


「実に素晴らしいタイトルだった。傑作だ!」


 レイフィールは非常にご機嫌だった。勿論、食事の場を陰気にしないための配慮もある。


「前菜からどのようなタイトルなのかに興味を引かれたが、趣向を十分堪能しているように思う。だが、デザートがまだだ。最後のタイトルがどうなるか楽しみだ!」


 リーナは微笑んだ。


「とても楽しそうにされているので私も嬉しいです。でも、デザートのタイトルを知るには、肉料理を食べ終わらなくてはなりません」

「よし、さっさと食べよう!」


 レイフィールはエルグラード産最高級グレードの牛肉のソテーを食べることにした。




 最後のデザートはチョコレートケーキだった。


「只今、ご用意しておりますのはデザート、大切なもの、でございます」


 侍従が最後のタイトルを伝えると共に説明した。


「レーベルオード伯爵家ではこれまでスポンジとムースにビターチョコレートを使ったレシピのケーキをお出ししていました。が、今宵はチョコレートクリームを加えました。また、第七代当主が当時の王太子殿下から賜りましたデザート皿に、エルグラードのバラの飾りをあしらっております。シンプルではございますが、レーベルオード伯爵家らしさを皆様にお伝えできればと思います」


 侍従の説明が終わると、リーナはすぐにチョコレートケーキを食べた。大きなサイズではないため、あっという間になくなってしまう。


 そして、今味わったばかりの美味しさともっと味わいたいという気持ちが残った。


「美味いが小さい」


 レイフィールがやや不服そうに言った。


 自分の口でもあっという間のため、男性の口であれば余計にそうだろうとリーナは思った。


「これにはとてもとても小さな願いと魔法がかけられています」

「魔法?」

「また、レーベルオード伯爵家に来てこのケーキを食べたくなるようにという魔法です。そのためには、レーベルオード伯爵家と親しくしなければなりません。レーベルオード伯爵家と親しくして欲しいという願いもまた込められているのです」

「チョコレートケーキで釣るのか」


 レイフィールが苦笑した。


「そうです。でも、お客様次第です。チョコレートケーキをまた食べたいと思っていただければ嬉しい限りです」


 更にリーナは暴露した。


「実はこの後開かれる仮面舞踏会の軽食コーナーにもチョコレートケーキがあります。上の飾りがバラではなく金粉になりますが、チョコレートケーキの部分は同じです。もっと食べたい方は、仮面舞踏会にも出席していただければ食べることができると思います」

「後で軽食コーナーの警備に問題がないか見に行くか」


 レイフィールはそういったが、状況的に別の目的があるのは明らかだった。


 チョコレートケーキを食べに行くという目的だが、そこにはこの後もレーベルオード伯爵家にいるという牽制がしっかりと含まれている。


「セブンは残って仮面舞踏会に出るのか? それとも王宮に行くのか?」


 直球の質問に客達は驚いたが、レイフィールに質問されたセブンはまったく動じなかった。


「軽食コーナーのチョコレートケーキを食べに行く。これでは足りない」


 セブンはチョコレートケーキの話題をそのまま利用し、このまま残ることを示した。


 それは、王宮の催しよりもレーベルオード伯爵家の催しを優先するということだ。


「ロジャーはどうする?」

「勿論、残ってチョコレートケーキを食べに行く。王宮は期待できない。ここだけの話だが、参加者が非常に多くなることを見越し、酒や食事は質より量になるらしい」


 ロジャーは知識欲が旺盛だからこそ、酒や食事に関してもこだわる。よくないものとわかっていて、欲しいと思うわけがない。


「さっきのワインは美味かった」

「確かに美味だった。仕事のために酒は控える気だったが、追加を頼みたくなった」

「パスカルに聞けば銘柄がわかる」


 セブンの言葉にレイフィールもロジャーも当たり前のように頷いたが、そこで口を挟む者がいた。


「……お食事の際のワインのことでしょうか?」

「そうだ。リーナはどの銘柄のワインが用意されているのか知っているのか?」

「はい。でも、銘柄が複数ございます……」


 多くの招待客がどの程度飲むのかはわからない。そこで、部屋ごとに準備するワインを変えることになっていた。


「私が飲んだのはどの銘柄だ?」

「アーボルト産の赤とレンブールの白で、グレートヴィンテージです」


 アーボルトもレンブールも最高級ワインの産地になる。しかも、グレートヴィンテージということであれば、美味なのは当然だった。


「……他の者に出されているのはどこのだ?」


 レイフィールは小声で尋ねた。どうしても知りたいという興味の方が勝った。


 リーナはレイフィールに小さな声で答えた。


「……このお部屋はすべて同じですが、大食堂の方では白がモンラッファルで、赤がチエータです。グレートヴィンテージかどうかはわかりません。自分が案内する食堂やお食事などに関することの方を優先に確認したので……申し訳ありません」

「ほほう」


 確かに違う銘柄ではあったが、最高級ワインであることには変わりがない。


 ワインは単純に高級であればいいというわけではない。嗜好の問題だ。そのため、どれが一番とはいいにくいのもある。自分の好みにあうワインが一番いいともいえた。


「……兄上にはどの銘柄だ?」


 リーナはレイフィールの質問に困ったような表情になった。


「……実を言いますと、白と緑は未成年の方がお食事をする部屋ですので、ジュースを用意するという話は聞いていたのですが、ワインに関してはわかりません」

「さすがにジュースだけではないだろうが……」


 レイフィールは後でパスカルと話す際に確認しようと思った。



 

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