429 客と土産
応接間にはミレニアスから来たインヴァネス大公子フェリックスとその同行者たちがソファに座ってくつろいでいた。
「姉上! ようやくお披露目ですね! レーベルオード伯爵家の一員として正式に認められたことについても、お祝い申し上げます!」
子どもらしくかけよったフェリックスは、遠慮なくリーナに向けて手を伸ばした。
抱きしめてほしいという意志表示。
実の姉であるリーナはその気持ちを歓迎するようにフェリックスを抱きしめた。
「ありがとうございます。はるばるミレニアスから来てくれてとても嬉しいです」
「弟ですから。とても会いたかったです。挨拶することもできず帰国されてしまったので、心残りでした」
「ごめんなさい。そのことについては謝らなければと思っていました」
リーナはエゼルバードに同行して外出していたため、チューリフに戻ることなく帰国することになった。
ミレニアス王の判断によってリリーナ・インヴァネスとして認められなかったが、インヴァネス大公一家に何も言えないままミレニアスを去ることになったのは、リーナにとっても心残りだった。
「事情があったのはわかっています。父上と母上も会いたがっていましたが、二国間の状況が悪化しています。子どもである僕ならエルグラードに行っても大ごとにはならないだろうということで、姉上に家族としての想いを伝えに来ました」
「……そうですか」
エルグラードとミレニアスの関係がうまくいっていないことについては新聞に載っていたため、リーナも知っていた。
「ミレニアスとの関係が悪くなってしまったのはとても残念です」
「ミレニアス王が悪いのです。両国の友好が末永く続いていくための努力も決断もしませんでした」
政略結婚は歴史的にも外交手段として使われて来た方法ではある。
しかし、話にならないと言い張る相手に押し付ければ、不和になるのは当然の結果だった
「父上は拠点をウェイゼリックに移すつもりです」
インヴァネス大公が家族と共に居住する拠点をウェイゼリックに移せば、兄である現ミレニアス王との協力関係が不穏になったことを示せる。
ミレニアス貴族は現ミレニアス王につくか、インヴァネス大公につくか、はてまた王兄であるアルヴァレスト大公につくかの決断を迫られるだろうとフェリックスは話した。
「ミレニアス王の統治には問題があります。改善していくには、ミレニアス貴族の多くがインヴァネス大公家を強く指示していることを示す必要があるのです」
「なんだか大変そうなお話です」
「そうですね。ですが、姉上に会いやすくするためだとお考えください。父上は親エルグラード派として知られていますし、その姿勢をより強めていくだけです。姉上やエルグラードにとっては朗報ですよ」
フェリックスはにっこりと微笑んだ。
「ここで長話をすると政治的な話題が多くなりそうだ。リーナ、インヴァネス大公子とローワガルン大公子を部屋に案内したらどうだ?」
レイフィールが提案した。
「リーナ、先にインヴァネス大公子とローワガルン大公子を部屋に案内してください」
パスカルがすぐに反応した。
「わかりました。本日は高貴な皆様にお会いでき、光栄に存じます。インヴァネス大公子とローワガルン大公子をお部屋に案内するため、失礼させていただきます」
リーナは一礼すると、フェリックスとルーシェを連れて応接間を出た。
そのあと、パスカルとレイフィールの視線はソファに座ったままの客に注がれた。
「エゼルバード、さすがにやり過ぎだ。兄上は激怒しているぞ?」
「兄上からは何も言われていません。レーベルオード伯爵からもね」
「レーベルオード伯爵家は王家の忠臣だ。王族に無礼なことをするわけにはいかないからに決まっている!」
「無礼でしたよ。私を招待しないだけでなく、フレディたちが招待するよう伝えていたというのに、堂々と断ったのですからね」
「ミレニアスとの緊張関係を考えろ!」
「フェリックスは招待されました」
「ミレニアスにいる親族の代表として参加するだけだ。子どもだからこそ、政治的な影響につながらないと判断された。エゼルバードが何を言っても言い訳でしかない!」
「レイフィールは自分のことを棚に上げています。本部の警備責任者を自分に変更したではありませんか」
「セイフリードの視察があるからだ」
「そう言うと思いました。ですが、兄上の許可をもらってから変更したのですか?」
レイフィールは黙り込んだ。
「セイフリードの視察があるというだけでは、レイフィールが直接指揮を執る理由として不足です。他の者に任せればいいではありませんか」
「今回は命令系統が違う警備組織による複合警備だ。全ての組織の上に立つことができる指揮官がまとめて全体的な指示を出す必要がある。王族だからこそ可能なことだ」
「それこそ言い訳です」
「そう言うと思った。だが、最善だ。王宮の行事と重なっただろう? 王都警備隊の警備比重は王宮周辺になる。国軍が協力することで、ウォータール地区までのルート及び周辺も厳重に警備できる」
「その点については反論しません。レイフィールのおかげでぬるい警備にはならないでしょうね」
「私なりにエゼルバードのことを心配している。ここにいるということは、王宮の行事を欠席するつもりだろう? 務めを放棄するのか?」
執務で忙しい王太子は社交をしない。そこでエゼルバードは兄の代理として社交関連に力を入れるのが第二王子である自らの責務だとしてきた。
「仮面舞踏会ですよ? 顔がわからない者が参加するような催しです。私がいなくても問題はありません」
王宮の催しとはいっても、重要度の差がある。
今回は国家的に重要な催事ではなく、王族全員の出席が義務付けられているわけではない。
あくまでも通常催事としての夜会だったからこそ、遊興の要素が強い仮面舞踏会に変更することが可能だった。
「レイフィールは誰が王宮の催事を仮面舞踏会にしたのか知っていますか?」
「王妃ではないのか?」
エゼルバードは悠然と微笑んだ。
「国王の側妃たちが仮面舞踏会に参加したい、レーベルオード伯爵家の仮面舞踏会に参加できない貴族たちもそう思っていると話したのです。それを聞いた王妃は、側妃や貴族たちからの評判が良くなると見込み、仮面舞踏会に変更するよう王宮省に言いました」
「では、国王の側妃たちのせいで変更になったということか?」
「国王の側妃たちは王妃とのお茶会をする前に後宮に集まりました。まとめ役は私の生母である第一側妃。仮面舞踏会の話を他の側妃たちにしましたが、その前に私と会っていました」
「まさか……エゼルバードが仮面舞踏会になるよう誘導したのか?」
「王宮行事の日時は同時でも構いません。困るのは、重要な行事にされてしまうことです。そうなると欠席するわけにはいかなくなり、セイフリードの視察も中止になってしまいます。ですので、遊興目的である仮面舞踏会になったのは非常に都合が良かったのです」
「エゼルバードもセイフリードのために手を回したと言いたいわけか」
レイフィールは呆れた。
「レーベルオードにも都合がよくなります。招待されなかった貴族は王宮の催しとどちらを優先するかで迷わないで済むため、不満を言わなくなります。お披露目に集まるのは真にレーベルオードを支持する者だけになるでしょう。リーナが悪く言われることなければ、セイフリードが問題を起こしても黙秘します。兄上の望み通りにお披露目は成功します。私のおかげでね!」
「なるほど。うまくやったな」
ほとんどの人々は、王妃とレーベルオード伯爵の対決、勝負などと思っている。
仮面舞踏会の案は国王の側妃たちが出した案だと王妃が言っても同じ。側妃たちが王妃の味方をしているように感じるだけ。
しかし、それらを裏側から見れば、レーベルオード伯爵家にとって都合の良い部分が多くある。
王宮行事を欠席してレーベルオード伯爵家の催事に参加する自分を擁護できる材料にできると計算した上で、エゼルバードが手を打ったことをレイフィールは理解した。
「抜け目がなさすぎる」
「褒め言葉にしてはあまりにも不足です。さて、そろそろフレディの番です。手土産は何ですか? まさかと思いますが、フェリックス大公子が先ほど披露した情報だけではないでしょうね?」
エゼルバードとレイフィール、そして黙ったまま控えていたパスカルの視線が、ソファでふんぞりかえるフレデリックに注がれた。
「子どものお守りをするばかりか、手土産までねだられるとはな」
フレデリックはやれやれといった様子でため息をついた。





