422 舞踏会の前日
お披露目の催しがある前日。
リーナの予定としては午前中に打ち合わせ、午後は前客を出迎えることになっていた。
「リーナ様、ウェズロー子爵家の方々が到着されました。閣下は王宮です。応対していただきたく存じます」
「わかりました」
リーナは急いで応接間に急行した。
「ようこそおいでくださいました。父は不在にしておりますので、私の方からご挨拶させていただきます」
リーナは失礼にならないようにしっかりと腰と頭を下げて挨拶した。
「久しぶりだね。今日は僕の大切な家族を紹介する。妻のアリシアと娘のデイジーだ」
ジェフリーはにこやかな表情で家族を紹介した。
リーナとアリシアは面識があるが、仕事上のこと。
ミレニアスに行く途中で養女になったこともあり、リーナ・レーベルオードとして正式に顔合わせをするのは初めてだった。
「リーナ・レーベルオードです。お会いできて嬉しく思います」
「お招きありがとう。久しぶりね。デイジー、ご挨拶をしなさい」
母親に促された幼女はリーナをじっと見つめたまま何も言わない。
警戒されているとリーナは感じた。
「デイジーちゃん、私はリーナよ。よろしくね」
リーナはにっこりと微笑んだ。
すると、デイジーは急にもじもじし始めた。
「デジー、レロー」
「ごめんなさいね。まだ、ちゃんと言えないのよ」
「大丈夫です。とても可愛いらしいお嬢様ですね。ウェズロー子爵夫妻の良いところを全て受け継いだような印象を受けます」
「デイジーは僕たちの宝物であり、お姫様だよ」
娘を褒められたジェフリーはご機嫌だった。
お茶やお菓子の用意がされると、デイジーは目を輝かせた。
「お菓子!」
「お菓子は完璧に言えるのよね……」
アリシアは苦笑しながらデイジーにお菓子の入った小皿を差し出した。
「クッキーだけにしましょうね。ドレスが汚れるから」
アリシアはチョコレートをつまみ、お茶の入ったカップのソーサーに移してしまった。
「別にいいじゃないか。着替えはある。足りないなら取り寄せるよ」
「到着早々着替えだなんて。私は予定があるのよ?」
レーベルオード伯爵家で用意しているものに間違いはないはずだが、レーベルオード伯爵夫人も子爵夫人もいない。
最終確認をするのがまだ勉強中のリーナと使用人だけになってしまうため、貴族の女性から見ての確認をアリシアがすることになっていた。
「僕の方でするから大丈夫だ。お風呂にも入れようか?」
「まだいいわよ。それよりもリーナ、メイベルはまだ来ていないの?」
「まだです」
セイフリードは視察だけでなく宿泊もすることになった。
そのための荷物が前日中に届くため、第四王子付きのメイベルも前日に来て荷物を確認することになっていた。
「だったら今のうちに宿泊する部屋を確認しておきたいわ。それから会場もね」
「わかりました。では、先にお部屋へご案内いたします」
「デイジー、お菓子は終わりよ」
アリシアが小皿を取り上げると、デイジーは残ったお菓子に手を伸ばした。
「お菓子!」
「あとでね。ジェフリー」
ジェフリーは素早く自分の菓子皿の中身をポケットに入れたあと、泣き出したデイジーを抱き上げた。
「いい子だね。お菓子をあげるよ」
ジェフリーがポケットからクッキーを一枚取り出して差し出すと、デイジーは途端に泣き止んだ。
そして、嬉しそうにもぐもぐと食べ始める。
「はしたないけれど、ごめんなさいね」
アリシアはそう言うと、ソーサーに移動したチョコレートをジェフリーのポケットに入れた。
「チョコレートはまだダメよ」
「クッキーだけだってさ。ママには逆らえないからね? 絶対服従だよ?」
ジェフリーはデイジーの頭を優しく撫でた。
「お菓子が切れる前に移動しましょう」
「はい」
お菓子を使ってデイジーをあやす作戦をリーナはすぐに理解した。
さすがアリシアさんです!
優秀な女官や侍女というだけではない。妻としても母親としても優秀であることをリーナは確信した。





