421 キルヒウスと宰相
キルヒウス・ヴァークレイ。
祖父はヴァークレイ公爵、父親ではヴァークレイ伯爵。
ゆくゆくは王太子派の貴族をまとめているヴァークレイ公爵家の当主になることが確定している。
常に冷静沈着。忠誠心も厚く、全てにおいて完璧だと言われる人物。
王太子が新国王に即位した時には宰相になると言われるほど高く評価されている。
そして、自らが完璧ではないことを知っているという点においても、キルヒウスは優れていた。
キルヒウスは緊急会議のあと、宰相府に向かっていた。
極めて多忙な宰相に会うには、事前に面会の予約をしなければならない。
しかし、キルヒウスは別格。
すぐに宰相と面会する許可が下り、執務室に通された。
「何だ?」
「問題が発生した。セブンの責任になる」
インヴァネス大公子フェリックス、ミレニアス王太子フレデリック、ローワガルン大公子ルーシェはレーベルオード伯爵家の催しに出席するため、エルグラードに来る。
そのための手配をフレデリックがロジャーとセブンに依頼した。
エゼルバードがフェリックス、フレデリック、ルーシェの安全確保を命じたため、エルグラード内における保護者ということになる。
その結果、保護や手配などの対価として、フェリックスの同行者枠の一つが譲られることになったことをキルヒウスは説明した。
「第二王子はレーベルオード伯爵家の仮面舞踏会に参加したがっていたが、王太子殿下は無理だと答えた。だというのに、第二王子は抜け道を使った。そのために動いたのはロジャーとセブンだ」
ロジャーとセブンが友人であるミレニアス王太子フレデリックからの依頼を受けるのはおかしくない。
だが、その依頼を活用して第二王子の望みを叶えた。
それは王太子の怒りを買った。
しかも、相当な怒りよう。
だからこそ、キルヒウスが来たということを宰相は理解していた。
「宿泊や護衛などのほとんどをセブンが手配した。ウェストランドの力を使ったのは言うまでもない。となると、今回の責任問題はセブンに対する比重が大きくなる」
「それで?」
「ロジャーは厳重注意。セブンは情報収集の任務で国外に飛ばすことが検討されている。王太子の怒りが消えるまでは帰国できない」
セブンについては、実質的に国外追放に近い処分をするということだった。
「第二王子の責任だ。何とかしろと言ったからだろう」
「そうかもしれない。だが、真の側近であれば、諫めるべきではないか?」
「真の側近だからこそ、第二王子の望みを全力で叶えた」
「では、そのせいで国外へ行くことになっても本望だろう」
宰相は大きなため息をついた。
「それで? 検討中のことを伝えに来ただけではないだろう?」
「レーベルオード伯爵家の催事がある日は、王宮でも国王の催しがある。どちらも仮面舞踏会だ。かなりの話題になっているのを知っているか?」
「さすがに知っている」
王妃とレーベルオード伯爵の勝負。
とはいえ、王宮の方は国王主催。
王妃に軍配が上がると言われていた。
「王太子殿下は忠実な臣下であるレーベルオード伯爵家を守りたい。レーベルオード伯爵家の大切な催しを邪魔する母親にも怒りを感じている。ゆえに、国王派の要人がレーベルオード伯爵家の催しを最優先にすることを望まれている」
キルヒウスは折りたたまれた紙をポケットから取り出した。
「五名だ」
宰相は紙に記載されている名前を確認した。
最上位にあるのはラグエルド・アンダリア、つまりは自分の名前だった。
「わかった。レーベルオード伯爵家の催しに出席する」
「最優先だ。国王主催であることや仕事を言い訳にするようなことはできない」
「理解した」
「セブンは優秀だが、ウェストランドだからこその甘さがある。王太子殿下の怒りを買うべきではない。気をつけろ」
その通りだと宰相は思うしかなかった。





