419 大変でも
「なぜ、僕が成長していると思った?」
「視線の位置が少し違う気がしたからです。靴は見たことがあるものですし……身長、伸びましたよね?」
リーナは恐る恐る尋ねた。
「少しだけ伸びた」
「そうでしたか!」
リーナは自分が感じたことが正しいとわかって喜んだ。
「もっと伸びます! 猫背をしないだけでもぐぐっと伸びますから!」
セイフリードが自分の部屋で過ごす時は猫背。
ミレニアスに行った時は王子らしく堂々とするため、猫背にならないよう気を付けていた。
「時間がなくなる」
セイフリードが扉の方へ向かったため、リーナは小走りをしてドアを開けた。
「どうぞ!」
王子であるセイフリードにドアを開けさせるわけにはいかないからだが、セイフリードは眉を上げた。
「よく聞け。僕が自分でドアを開けるわけがない。必ず立ち止まる。その時に合わせて開ければいい。走る必要はない」
「申し訳ありません。焦ってしまいました!」
「ドアを開けるのは主に男性の役目だ。レーベルオード伯爵がするか、お前に開けるよう指示するだろう。もっと勉強しておけ」
「はい! 勉強します!」
レーベルオード伯爵はセイフリードの本当の姿を見た気がした。
セイフリードは暴君と呼ばれるほど苛烈な性格の持ち主で、非常に厳しいと言われている。
だが、注意や叱責の言葉によって何がどう悪いのか、どのように直せばいいのかもわかる。
それを自らの反省につなげ改善や勉強に活かせば、ありがたい助言になる。
リーナがセイフリードの側にいることで勉強できたという話に、レーベルオード伯爵は納得した。
セイフリードが廊下に出ると、王宮に出勤したはずのパスカルが廊下を走って来るのが見えた。
「殿下! 急な予定変更は困ります!」
セイフリードが行先を変更すると指示したため、護衛騎士の一人がパスカルに変更内容を伝えに向かった。
パスカルはセイフリードが大学ではなくウォータール・ハウスに向かったことを知り、側近会議を途中退席して駆け付けた。
「すぐ終わる」
「嘘も困ります。講義の時間に間に合いません」
「嘘はついていない。講義は受ける。午後からというだけだ」
騙された……。
セイフリードは午前中の講義を受ける時間に合わせて出発したとパスカルは思っていた。
「お披露目までお待ちくださいと申し上げたはずです。このことは王太子殿下にお伝えします」
「それでいい。兄上と話をしなければならない。フェリックスとルーシェがお披露目に出席するだけでなく宿泊までする。友人たちと交流するためにも、僕も宿泊したいと伝えなければならない」
フェリックスとルーシェはそれぞれ手紙をセイフリードに送って来た。
リーナのために開かれる催しに極秘で出席するためにエルグラードに行く。宿泊もする。会える日時を確かめたいという内容だった。
そこでセイフリードはウォータール・ハウスに行き、レーベルオード伯爵に手紙の内容が本当であるかを確かめ、自分も宿泊することを伝えることにした。
「視察は日帰りを予定しています。警備の都合上、変更は無理です」
「レーベルオード伯爵は構わないということだった」
パスカルは父親を睨んだ。
「王太子殿下の許可があればだ」
「この件は後で。殿下は大学に向かってください」
「そのつもりだ。ところで、リーナは僕の身長が変化したことに気付いた。兄の方はどうだ? 気づいたのか?」
パスカルはすぐに答えなかった。
それが答え。
「ここでする話ではありません」
「そうだな」
セイフリードとパスカルが乗った馬車を見送ったリーナとレーベルオード伯爵は同時にため息をついた。
「お前は本当に大変な仕事を任されていたようだ。パスカルでさえ手を焼いている」
「難しいことがたくさんありました。でも、やりがいもありました」
「そうか」
「とても個性的な方です。それは特別な魅力があるということですよね」
「そうだな」
リーナは優しいだけではない。寛容であり、相手の長所を見つけることができる。
それは人間関係を築く上で重要なこと。
素晴らしい能力があるということだった。





