413 屋敷の大視察
リーナが視察をした翌日は、指摘された問題点について屋敷で働くレーベルオードの人々が確認、検討、改善、対応をすることになった。
そのため、リーナが視察を再開するのは翌々日だった。
「おはようございます」
リーナの部屋に来たのは総侍従長マクネルと総侍女長アデリア。
それ以外にも多くの侍従と侍女が同行していた。
「……何かありましたか?」
リーナは緊張しながら尋ねた。
「ここにいる全員が本日の視察に同行させていただきます」
最初の視察であまりにも多くの問題点が指摘された。
実際に指摘された場所を確認すると、確かに不十分だった。
これまでのやり方ではいけない。
リーナのご視察に同行することで、問題を見つける視点を勉強したいと言うことが説明された。
「勉強?」
リーナは心底驚いた。
「あの……私はそんなに偉くないというか」
「リーナ様はレーベルオードで第三位の方。偉くないわけがありません」
「視察のことです。私から勉強するなんて……そんなに優秀ではないというか」
「優秀です。でなければ、あれほど多くの問題点を指摘できるわけがありません」
「しかも、発見された問題点をどのように改善、解決すればいいかも同行者に説明していました」
ハンスとメアリーから報告を受けた総侍従長マクネルと総侍女長アデリアは驚くしかなかった。
「リーナ様はかなりの眼力をお持ちです。王族付きの凄さを実感した次第です」
「感服いたしました」
総侍従長や総侍女長のほうが凄そうに見えるとリーナは思った。
「お披露目の催しまでの準備期間は限られています。視察に同行することで問題点や解決案を確認し、すぐに対応できるようにしたいのです」
「全員が最後まで同行するわけではありません。問題点が見つかり次第、その場所で対応する者は残りますので、徐々に少なくなります」
「なるほど。あとからまとめて聞くのではなく、その場でどんどん対応していくということですね」
「左様でございます。問題の内容によっては侍従や侍女が責任者として指示を出し、召使いたちに実行させます」
「リーナ様、そろそろ行きましょう。時間は貴重です」
マリウスの言う通りだとリーナは思った。
「そうですね。行きましょう!」
大視察が始まった。
視察は前回の続きということで、北館から南館に向かう経路、二階にあるギャラリーから行わることになっていた。
総侍従長たちは、すぐにリーナが只者ではないということを知ることになった。
通常は先導する者がいて、リーナはそのあとに続いて歩きながら視察をする。
リーナの視察に同行する担当になったハンスとメアリーはギャラリーの中央を進んだが、リーナは壁際に寄って歩き出した。
マリウスだけがリーナに付き添う。
「リーナ様、端ではなく中央を進まれてはいかがでしょうか?」
「交互に視線を変えて視察された方が効率よく全体を確認できると思うのですが?」
立ち止まったハンスとメアリーが提案した。
「全体的な確認は普段の掃除でしていそうなので省きます。私が注意すべきは、その時に見つけることができなかったことです。ここはかなりの幅がありますし、飾ってあるものも多いです。中央からだと端が見にくいので、片側ずつ集中して確認します」
そうしないと細かい部分を見逃してしまう。キョロキョロするせいで集中力が削がれ、首も疲れる。
一気に見ようとしたせいで問題点を見逃してしまうと、視察する意味がない。
丁寧にしっかりと視察すべきだとリーナは説明した。
「急がば回れです!」
同行者の全員が驚いた。
最初はハンスやメアリーの提案が正しいと思った。だが、リーナの説明を聞くことで半分ずつ見るやり方の方が正しいと思った。
まさにリーナならではの視点。考え方。
屋敷で働いている人々では思いつけないことだった。
総侍従長たちは、なぜリーナが多くの問題点を見つけることができたのか理解した。
「やはり端の掃除が甘いです。壁の掃除もしていません。絵もずっと飾ったままで、掃除をしていません。額縁に全く艶がありません!」
リーナのダメ出しは飾られている美術品まで及んだ。
「美術品をお客様に見せるのであれば、美しい状態にして飾らないと。額縁の装飾部分は柔らかいブラシを使い、そのあとに雑巾で乾拭きをしておきます」
額縁まで掃除するのかと思った人々がほとんどだった。
「ところで、どうしてこの絵をかざっているのでしょうか?」
「こちらに飾られているのはレーベルオード伯爵家が所蔵している貴重な美術品です。絵も非常に高価なものになります」
ハンスが答えた。
「それだけですか?」
「……それだけ、というのは、どのような意味でしょうか?」
「ここにある絵は金額で選ばれたもので、お気に入りの絵とか、このギャラリーを作った時に流行していた絵だったとか、何かそういった意味があるのかどうかということです」
ハンスは考えた。
「……私が知っているのは、代々所有している貴重な品ばかりということです。金額で選んだわけではないとは思いますが。お気に入りの絵や当時流行していた絵と言うことは聞いたことがありません」
「ここは基本的に廊下のように通るだけです。気に入った絵などは自室やよく利用する部屋に飾るのではないかと個人的には思われますが?」
メアリーも答えた。
「自慢はしないのですか? 自慢するために飾っているわけですよね?」
「こちらの絵は非常に有名な画家が描いた作品になります。七代目の当主が競売によって手に入れられたのですが、当時の落札最高額を提示しました。この画家の作品は数が少ないため、現在でも価値が上がり続けております」
ハンスの解説を聞いたリーナは困ったような顔をした。
「今の解説はお客様にできません。大切なのはこの絵に芸術的な魅力があることです。希少とか高価だという部分は付属することでしかありません。金銭的な自慢をするのは成金のすること、下品だと教わりました」
ハンスはリーナの指摘の正しさに言葉を失った。
「おっしゃる通りでございます。申し訳ございません」
「私は芸術に詳しくありません。だから、この絵を見てもどこがいいのかさっぱりわかりません」
リーナは正直だった。
「マリウスはわかりますか?」
「いいえ。この絵の魅力は特にないと思います」
マリウスは迷うことなく答えた。
「先ほどハンスが説明した通りです。作品数が少ない画家のものなので希少かつ高価という部分が重要視され、何の絵か、技巧的にどうかという部分は重視されていません。勝手な推測ですが、こちらは投資用の絵かもしれません」
「投資用?」
「貴族はコレクションを自慢するためだけでなく、転売するために飾ることもあります。恐らく、閣下もパスカル様も昔からここに飾ってあるとしか思われていません」
「つまり、ここに飾ると決めた当主がいて、ずっとそのままということですか?」
「そうです」
リーナは考え込んだ。
「お披露目のための模様替えは私らしくしていいと言われています。ですので、飾るなら別の絵にしたいです」
「では、美術品専用の倉庫にある絵をご検討されては?」
「そうします。ちょっと見ただけで惹きこまれてしまうような絵を飾りたいです」
「リーナ様のおっしゃる通りです。まさにそれが人を魅了する芸術的な絵だと思われます」
そのあともリーナは細かい部分の指摘を続けた。
その様子を見ていた総侍従長たちは、リーナが優秀な掃除の専門家であり、美術品についても深い見識を持っていることを知った。
レーベルオード伯爵は、リーナにレーベルオードらしさや伯爵令嬢らしさを押し付けないよう厳命していた。
だが、リーナはそのままでいい。
すでにレーベルオードにふさわしい女性であり、伯爵令嬢らしい女性であることを全員が感じ取っていた。





