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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第一章 召使編
41/1356

41 ヘンデル

 ヘンデルは後宮の廊下を歩いていた。

 

 王太子は仕事で忙しいため、側妃候補の元にはいけないということを伝えに行くところだった。


 非常に嫌な仕事ではある。毎回面倒だ。


 もっと下の者に任せたくもあるが、相手の身分を考えると難しい。


 ミレニアスの王女には特に。


 外交問題に発展すると困るため、側近対応しなくてはならない。


 ヘンデルか後輩のパスカルのどちらかが行くことになっていた。


 時刻は午後。


 ヘンデルは偶然、巡回中のリーナに遭遇した。


「あれ?」


 ヘンデルは眉を上げた。


 自分の調べた巡回ルートをリーナに知らせたはずだ。


 その通りにしていれば、今の時間は掃除だ。巡回ではない。


 巡回は早朝にほぼしてしまうという案だったはずだ。


 ヘンデルが自身で調べたからこそ、覚えている。


 廊下の端に寄り深々と一礼したリーナの前でヘンデルは立ち止まった。


「リーナちゃん」


 リーナの名前と所属は早朝に会った際に確認してある。


 警備として尋問するふりをしつつ、名前や年齢などの基本情報をある程度は聞いておいたのだ。


 リーナはびくりと体を震わせた。


「巡回?」

「はい」


 リーナは頭を下げたまま答えた。


「顔を上げて」


 リーナの表情に浮かぶのは不安だ。


「俺のこと、覚えているよね?」

「はい」


 早朝に出会ったものは違反者や不審者の可能性がある。


 警備であれば、一応は頼れる存在だ。


 何かあった時のためにできるだけ相手の特徴を覚えておくようにしていた。


 ヘンデルは赤い髪に緑の瞳をしている。珍しい色のために覚えやすかった。


 それに加えて雰囲気が警備らしくなかったのもある。


 警備は威圧的だ。リーナを違反者や不審者ではないかと探る視線を向け、厳しく質問する。


 ヘンデルは違った。親し気に話しかけてきたため、このような警備の者もいるのかと思い、とても印象的だった。


 但し、よく知らない人物という部分は変わらない。


 制服ではなく私服。裕福そうに見える。


 身分の高い者が警備として働いている可能性もある。


 無礼にならないよう注意しなければならないとリーナは思った。


「怖がらなくてもいいのに」


 ヘンデルは苦笑した。


 リーナは十八歳の新人召使い。


 後宮という特殊な場所だけに不安が多くあるのは仕方がない。


 だが、警戒されるは困る。色々とやりにくい。


「それ、見せて?」

「申し訳ありません。これは仕事に関わるもののため、情報漏えいになる可能性があり」

「勤務に必要ない後宮の情報をメモしていないかも調べる。前もそう言ったはずだけど?」


 リーナはすぐにバインダーを差し出した。


「お利口さん。従うべき相手だってわかっているね」


 ヘンデルはバインダーを受け取ると素早く目を通した。


「ずいぶん回っているねえ。備考欄の記号は何? 前はなかったね。怪しいな」

「時間帯です」

「どういう時間帯?」

「早朝、午前、午後の三種類があります。掃除や巡回をした時間帯を記号で書いています。どの程度順調に進んでいるのか、目安となるものです」

「早朝に掃除しているの?」

「はい。早朝はひと気がないので怖い場所が多いです。正直、警備に会うのも怖いです」


 警備も男性だ。注意するようクオンに注意された。


「なので、早朝は掃除をして、巡回はできるだけ午後の明るい時間にするようにしました」

「そっか。女の子だからね。大事なことだよ」


 ヘンデルは内心驚いた。


 自分の教えた通りにしていると思ったが、そうではなかった。


 手紙のルートを参考にし、自分にとってより都合がよくなるよう改善していた。


 手軽な答えに頼ることなく、自分で考えながら向上していける証拠だ。


「残業はまだあるのかな?」

「あります」

「何時に終わるの?」

「十七時半頃になります。臨時の仕事がなければ、夜間に勤務しなくてよくなりました」

「良かったね。ずいぶん残業が減ったみたいじゃないか」

「はい」


 リーナは嬉しそうに微笑んだ。


 ヘンデルはバインダーをもう一度見た。


「早朝に緑の控えの間以外は掃除できているのか。凄く早いね」

「今日はいつも手間取る場所が綺麗だったので、掃除が少なくて済みました」

「頑張れば、早朝に全部掃除できちゃうかもね」

「それはできません」


 リーナは即答した。


「そうなの?」

「はい。緑の控えの間だけは早朝に掃除できません。時間が余っても他のことをして時間を調整します」

「他のことって?」

「先に記入できる場所を埋めておくとか……です」

「ふーん」


 ヘンデルは更に尋ねた。


「朝食って何時から?」

「一番早いと六時からです。早朝勤務の者は六時ぴったりでも取れます。そうでない者は七時以降が目安でしょうか」

「夕食は何時?」

「一番早いと、十七時からです」

「勤務が終わってすぐに食事ってことか」

「いいえ。十七時から食事するのは夜間勤務の者達がほとんどです。通常勤務の者は十八時以降です。先に入浴などをしてから、夕食に行きます」

「あー、夜間勤務は確かに先に食事しないとだねえ。警備と同じか」

 

 ヘンデルはリーナをじっと見つめた。


「デートしようか」


 リーナは固まった。


「勤務後がいいよね。何時頃なら会える?」

「……無理です」

「ちょっとだけ一緒に話をしたりお菓子を食べたりしようよ」


 菓子という言葉に一瞬だけリーナが反応したのをヘンデルは見逃さなかった。


「女の子はお菓子が好きだよね。購買部で何か買おう。それを一緒に食べるだけだから、そんなに時間もかからない。で、何時がいいかな?」

 

 リーナは困惑するしかない。


「じゃあ、二十一時ね。購買部で待ち合わせにしよう。大勢いる場所だから、変なことはできない。大丈夫だよ。お菓子売り場ね」

「困ります」

「来なかったら無礼になるよ。俺は身分が高いから。所属も名前も知っているし、上に何か言われたら困るよね? 処罰されちゃうかもしれないなあ」


 ヘンデルは了承させるためにわざとらしくそう言った。


 リーナの表情を見る限り、効果てきめんだ。


「じゃあね。待っているよ。リーナちゃん」


 ヘンデルはひらひらと手を振りつつ、その場を立ち去った。


 リーナはしばらく呆然としていた。





 王宮へ戻る途中、ヘンデルは考えた。


 リーナとデートすることをクオンに伝えるべきかどうか。


 伝えた際の反応が知りたい。


 だが、無反応の可能性も十分にある。特別な感情はないと言っていた。


 とはいえ、ヘンデルの女性関係も知っている。


 仕事の予定を入れて邪魔しようとするかもしれない。


 ヘンデルはリーナから情報収集したいだけだ。


 クオンには何も知らせないことにした。




 

 後宮の購買部が賑わうのは昼休みと夕食後。


 自由時間になる時間が取れるせいだ。


 特に夜は混雑する。ほとんどが女性だが、男性もいる。


 ヘンデルはどのような服装で行くか迷ったが、私服で行くことにした。


 設定としては深夜勤務の警備だが、今日は休みあるいは仕事前なので私服ということにした。


 召使いが警備全員の顔を把握しているわけではない。外部の者の顔についても同じく。大丈夫だろうと踏んだ。


 昼間は側近としての服装だったが、デートのために簡素な服にした。


 王宮から来る知り合いに会う可能性もないわけではないが、ナンパしただけと思われるのは想定内だ。


 王宮でもナンパはよくしているため、日常茶飯事で済む。


 ヘンデルは後宮の菓子売り場についた。


 最も混んでいる売り場だけに探しにくいだろうと思い、先に必要品を買いこんだ。


 しかし、リーナは制服姿。


 廊下の柱に寄り添うようにうつむいて立っていたため、すぐに見つかった。


 乗り気ではないことも見つかりたくないのも丸わかりだった。


 そんな様子の者は菓子売り場前の廊下にいない。


 逆に目立っているため、見つけやすかった。


「どんなお菓子が好きかな?」


 リーナは驚いて顔を見上げた。


 そこには待ち合わせの相手がいた。


「ケーキが好きです」


 リーナは正直に答えた。


「パウンドケーキかカップケーキでいい?」


 リーナは答えない。特に喜んだ様子もない。


 微妙そうだとヘンデルは思ったが、購買部で売っているケーキは、パウンドケーキやカップケーキといった焼き菓子ばかりだ。


 全て外部からの納入品のため、ある程度日持ちするような菓子しかない。


「ついてきて」

「はい」


 ヘンデルはどんどん歩いていく。


 辿りついたのは緑の控えの間。


 ヘンデルはドアを開けた。


「入って。早く」


 リーナはしぶしぶヘンデルの言葉に従った。





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