403 強引な交渉
ロジャーはヘンデルを強引につかまえた。
時間がない、予定があるといっては面会を断られていたため、宰相府に来たヘンデルのいる部屋に押しかけ、ドアの内鍵をかけた。
「宰相と会うのはこれからだけど?」
「宰相は来ない。お前を呼び出すために利用しただけだ」
はめられたとヘンデルは思った。
そして、なぜロジャーがこんな手段を取ったのかもわかっていた。
「無理。クオンもレーベルオードもダメだったのに、俺がいいわけがないでしょ?」
ヘンデルはしぶしぶ話をするための時間を取ることにしたものの、すげなく断った。
しかし、簡単にロジャーが引き下がるわけもなかった。
「お前がなんとかしなければ、こちらも考えがある」
「へえ。そうなのか」
「第二王子殿下の命令書によって、リーナを王宮に呼び出す」
「ふーん」
「ただの呼び出しだと思ったら大間違いだ。王立歌劇場で共にオペラを鑑賞する。貸し切りだ。第二王子殿下と二人きりでデートをする。この情報が洩れたら、どうなると思う?」
「クオンが激怒するかも?」
「王妃も激怒する。二人の王子と同時に付き合うような女性は好ましくないと言い、反対する理由になる。この件をわざと貴族たちに吹聴すれば大騒ぎだ。側妃にしたい王太子は苦しい立場に追い込まれる」
「王太子側と決別しちゃってもいいわけ?」
「これは私の考えだ。エゼルバードの機嫌を取るために極秘で手配したが、情報が漏れたというだけだ」
「わかりやすい嘘で笑える」
ヘンデルは本当に大笑いしたい気分だった。
「エゼルバードは大きな不満を感じている。このままでは命令になる。私は命令を死守するため、どんな方法であっても取るしかなくなる。責任問題も覚悟の上だ」
ロジャーはエゼルバードの責任にならないように、すでに命令されたことは話さなかった。
「素晴らしいお覚悟で」
どうせ四大公爵家の特権で強い処罰にはならないことをわかっている上での覚悟だとヘンデルは思った。
「ここから無事出ていきたければ、なんとかしろ」
「もしかして、今の俺って命の危機?」
「私の許可がなければドアは開かない。ずっとこの部屋にいることになるだろう」
「監禁反対!」
「監禁ではない。窓から出ればいい。飛び降りれば脱出できるが、ここは三階だ。怪我をするかどうかはヘンデル次第だろう」
「クオンに怒られるよ?」
「重要な話し合いのため、他の者と相談しに行っている間はドアを封鎖した。ヘンデルに勝手に帰られると困るからだ。ドアを開けたらヘンデルが監禁されたと勘違いして飛び降りたという説明になるだろう。間抜けだな。キルヒウスの怒りはヘンデルに向くだろう」
「なんでだよ?」
「宰相が自分の執務室から出るわけがない。待たせるとしても、応接間に案内はさせない。だというのに、なぜ応接間に行った?」
確かに間抜けだなあ……。
ヘンデルはロジャーの強引さと気迫に負けたと思った。
「何とかしてあげたいとは思うけれど、マジで難しい。第四王子が行くことを知っているよね? 第二王子と顔を合わせて何も起きないわけないじゃん!」
「第二王子が行けないという時点で問題になるのはわかっていたはずだ」
「まあ、第三王子も来るしねえ」
ロジャーは動揺したが、瞬時にそれを隠そうとした。
「あれ、知らない? 俺をここから無事出してくれるなら教えてもいいよ?」
ヘンデルはロジャーのわずかな反応を見逃さなかった。
「第二王子だけをないがしろにすれば、兄弟関係に影響が出る。第二と第三の争いによって王太子が仲裁に入らなくてはならなくなり、執務時間が減ってしまうが?」
「まあ、あとでわかるだろうから教えてあげるよ。国軍の警備責任者として来る」
第四王子は王宮からウォータール・ハウスまで向かうが、移動距離がある。
第四王子騎士団が護衛するが、国軍もウォータール地区周辺で騒ぎが起きないよう王都警備隊と合同で治安維持活動に当たるため、セイフリードの護衛支援も合わせてすることになった。
国軍の責任者はウォータール・ハウスの敷地に臨時本部を置き、ウォータール地区警備隊やレーベルオードの私兵と連携して指示を出す。
そういったことが決まったあと、レイフィールが可愛い弟のために本部で指揮を執ると言い出したことをヘンデルが説明した。
「第三王子が本部の責任者になったことを知っているのはごく一部だ。軍の機密情報だから扱いに注意ね」
ロジャーは理解した。
レイフィールはお披露目に招待されていないため、まずはレーベルオードの催しに国軍を警備面で関わらせることにした。
次に第四王子が移動する時の警備支援をするといって、ウォータール・ハウスの敷地内に臨時本部を設置した。
本部の責任者はウォータール・ハウスにいるレーベルオード伯爵に挨拶しに行くため、レイフィールは自分に変更。
どんな理由であれ第三王子がウォータール・ハウスに来れば、レーベルオードはもてなさなくてはならない。
つまり、リーナのお披露目に参加できる。
軍務統括としての権限を活用した第三王子の作戦勝ちだった。
「俺としては兄弟仲良くしてほしい。舞踏会の様子を覗くぐらいはいいと思っているんだけどね」
「その通りだ。第二王子を味方につければ、第二王子派の貴族も味方する。社交界におけるお披露目の評価は悪くならない。予期せぬ問題が起きてしまったとしても隠せるだろう」
ロジャーはわざとらしく強調した。
「でも、第四王子が行くのは視察のためだけじゃない。成人する前に有力者たちと引き合わせる機会にしたいんだよ。だから、クオンやレーベルオードが反対するわけだ」
「第四王子派の貴族になってくれそうな者との顔合わせなのか」
「敬愛する兄のためだけでなく、可愛い弟のためにも遠慮してほしいなあ」
「無理だ」
「じゃあ、俺に懇願する? 俺はパスカルと違って第四王子の側近じゃない。クオンや俺に都合がよければ、第四王子の都合は後回しでもいい。ただ働きはしないけれどね」
形勢逆転とばかりに黒い笑みを浮かべるヘンデルに、ロジャーは大きな対価を求められることを覚悟で頷いた。
「依頼する。対価は別途交渉だ」
「クオンとレーベルオード伯爵を説得してみる。でも、時間がかかるのは仕方がないって思ってよ。正攻法じゃダメなのは俺も同じだからさ」
ヘンデルに借りができてしまうのはやむを得ない。
他のことですぐに取り返せるとロジャーは思った。
「わかった。ところで、無事この部屋から出たいか?」
「え……」
ヘンデルは驚いた。
「もしかして、それって別?」
「別に決まっている。だが、対価からその分を差し引くなら妥協する。どうする?」
「交渉上手だなあ。じゃあ、引いてあげるよ。五体満足で戻りたい」
「わかった」
ヘンデルは宰相府の部屋から無事脱出した。





