402 招待者
貴族が迎えいれた養子を披露する催しをする場合、招待客は血族や親族、親しくしている者が中心になる。
それ以外の者は招待されるかわからないため、祝辞や贈り物をしてアピールする場合もある。
レーベルオード伯爵家に届いた祝辞や贈り物は尋常ではないほどの量だった。
国外からも多く届いたため、対応に時間がかかってしまった。
そのような状況で、レーベルオード伯爵家が養女をお披露目する催しを開く準備をするのは難しい。
かなり先になるのではないかと予想する人々が多かったが、約一か月後という迅速過ぎるほどのスケジュールに驚愕することになった。
しかも。
「聞いたか? レーベルオード伯爵家の養女を披露する催しだが」
「ご存知? レーベルオード伯爵家の舞踏会ですけれど」
「仮面舞踏会だって?」
「仮面舞踏会なんて!」
「まさか過ぎる!」
「前代未聞だわ!」
社交界はレーベルオード伯爵家が主催する仮面舞踏会の話題一色になった。
養女を披露するために開かれる催しはウォータール・ハウスで開かれる。
跡継ぎであるパスカルが成人した時もウォータール・ハウスで大掛かりな催しが開かれたが、ウォータール地区の全てが会場のようになった。
それに比べると、今回は邸宅だけの開催だけに小規模。
招待者数も少なくなるのは当たり前だった。
だが、社交界どころか国内外からも注目されているだけに、招待されたい人々が大勢いた。
それだけに、招待状が届かないことに落胆し、不満をあらわし、怒りを爆発させる者もいた。
そして、その内の一人は王宮の一室にもいた。
「なぜ、私に招待状が届かないのですか?」
エゼルバードは冷たい空気を纏う氷の王子になっていた。
「祝いの品を贈りました。だというのに、招待されないのはおかしいではありませんか!」
「おかしくない」
ロジャーが冷静な口調で答えた。
「貴族の屋敷で開かれる催しに王族が行くことはない。断られると不名誉になるため、最初から招待しない。それが常識だ」
「私は貴族の屋敷で開かれる催しに行ったことがあります。何度も!」
「それは友人の屋敷だからだ。パスカルは友人ではない。非常に親しい間柄ではないのに、招待するのはかえって不敬になる恐れがある」
「ロジャーやセブンが招待されるのはわかります。四大公爵家ですからね。ですが、私の側近全員が招待されています。なぜですか?」
「四大公爵家は元王家ということもあり、当主だけでなく跡継ぎも招待するのが暗黙のルールだ。他の者は両親や親戚が招待されたため、その権利を奪っただけに過ぎない」
「なぜ、私の分まで奪わないのですか?」
「無理を言うな」
セブンが発言した。
「この件は王太子が絡んでいる。招待された者しか参加できない」
「その通りだ。第二王子は参加できない」
ロジャーが決定事項とばかりに伝えた。
「まさか、私が大人しく受け入れるとでも思っているのではないでしょうね?」
「無論、思っていない」
ロジャーは何とかできないかと考えた。
通常は招待者のリストを入手し、手を回せそうな相手がいないかを検討する。
だが、招待状の製作も発送も全てレーベルオードの息がかかった者で行っているせいで、招待者のリストを入手できなかった。
仕方がないため、社交界で情報収集し、地道に招待された者を特定するしかない状態だった。
「それで?」
「シャーメイン公爵の招待状を奪うことを考えた」
「そうしましょう」
エゼルバードの表情が一気ににこやかなものになった。
シャーメイン公爵家はエゼルバードの母親の実家で、現在の当主は母親の兄。
伯父の代わりにエゼルバードが出席するのはおかしくなかった。
「だが、問題があるとわかった」
「どのような問題ですか?」
「シャーメイン公爵はすでに自ら行くという返事をしてしまっていた」
第四王子の視察があるため、レーベルオード伯爵家は催しに出席する者をできるだけ早く確定させなければならない。
そのせいで出欠の返事をする期日に余裕がなく、シャーメイン公爵はすぐに出席するという返事を出してしまった。
「出席者のリストを王太子に提出する必要があるせいで、返事を出してしまうと出席者の変更ができないらしい。変更できるとすれば、シャーメイン公爵が死んだ時だけだ」
「まだ、返事をしていない者はいないのですか?」
「いない」
「身内から奪えるということは、代理人にすることは可能なのでは?」
「招待者を代理人に変えることはできるが、出欠の返事を出す時に代理人を明記しなければならない。返事を出したあとの変更は不可だ」
「病気でも?」
「病気でも怪我でも不可だ。当日は欠席になる」
「妹のように大切にしている女性の正式なお披露目ですよ? 見届けないわけにはいきません! ウォータール・ハウスに行ってみたくもあります。名門貴族にふさわしい美術品を数多く所蔵していそうですからね」
エゼルバードはリーナにずっと会っていない。
謁見日に王妃の茶会で会ったのが最後。
王 族付きの侍女のままではあるが、勤務は全くしていない。
お披露目に備えてマナーやダンスの練習をするために勤務を免除されていた。
「何か考えなさい。絶対に参加します。これは命令です!」
エゼルバードははっきりと宣言した。
命令には逆らえない。側近たちは絶対になんとかするしかない。
そして、エゼルバードが命令を出すことを側近たちは予想していた。
「そういうと思った。だが、王太子にもレーベルオードにも直接かけあったが、無理だと言われている。非常に厳しい状況だ」
ロジャーはレーベルオード伯爵に直談判したが、全く相手にされなかった。
パスカルに対しても同じ。
弟の気持ちを察して欲しいと王太子にも懇願したが、無理だった。
「ヘンデルと交渉しなさい」
できれば避けたい相手だったが、エゼルバードが諦めない以上は仕方がないとロジャーは思った。
「わかった。だが、期待するな。主催はレーベルオードだ。シャルゴットではない」
「交渉力が問われますね。結果が楽しみです」
ロジャーは自らに課せられた役目の重さを実感した。





