4 新生活の始まり
リーナは後宮につくと、またしても身体検査と手荷物検査を受けることになった。
「元気そうなので大丈夫ですね。手荷物はしっかりと検査します」
手荷物検査を受けると、後宮で働くための本格的な説明を受けることになり、リーナは地下にある大きな部屋に連れていかれた。
昼間だというのに非常に暗い。
照明具は一切なく、灯りと呼べるものは天井近くにある小窓から注がれる外光だけだった。
「下働きは基本的に地下で過ごします」
住む部屋も働く場所も地下になる。
一階以上は階級が上の者が働く場所になる。
リーナは最下位の階級、当分の間は下働きの見習い。
後宮でしっかりと働くことができるかを確かめる試用期間になることが伝えられた。
「これを着用しなさい」
下働きには制服があるが、見習いの場合はすぐに辞めてしまうかもしれないために私服で勤務する。
そこで帽子とエプロンだけが渡された。
「許可なく地上にはいかないように」
「はい」
リーナは素直に頷いた。
早速帽子とエプロンを着用すると、リーナが住むことになる部屋に案内された。
「ここが貴方の部屋です」
数人が共同で使用する大部屋だった。
粗末なベッドと木箱が四つずつ置いてある。
その中の一つをリーナが使用できる。
木箱に入りきらないものは鞄や自前で用意した箱に入れ、邪魔にならないようベッドの下に置くよう言われた。
「木箱には鍵がついています。貴重品は必ずここにいれるように」
木箱の鍵は長いひも付きで、首にかけられるようになっている。
首にかけておくかポケットにしまっておき、絶対になくさないようにする。
部屋には同室者だけでなく、掃除のために来る者もいる。
人の出入りがあるため、管理には十分注意するよう注意された。
「全部入りましたね」
リーナの持ち物は非常に少なかったため、木箱に全て入れることができた。
「では、行きましょう」
早速仕事をすることになった。
下働きの仕事には種類がある。
リーナに特別な能力はない。得意としていることもない。
取り柄は一生懸命に努力することだけ。
その結果、掃除部に配属された。
掃除部の仕事は名称通り、様々な場所を掃除することだった。
しばらくの間は指導役と共に行動しながら、仕事や日常的なことを勉強する。
どこにどんな施設や部屋があるのかを覚えていかなくてはならない。
下働き見習いのリーナが出入りできるのは地下だけ。掃除できる場所も地下だけ。
雑巾やモップ、ほうきといった道具についても教えられた。
指導役に何度も注意されながら、リーナは一生懸命働いた。
あっという間に時間が過ぎていった。
「初日なのでここまでにします。掃除用具を片付けて手を洗いなさい。食堂で夕食を食べましょう!」
「はい!」
夕食と聞いたリーナは満面の笑みを浮かべたが、すぐに指導役の表情が曇った。
「下働きの食事は質素です。期待はしないように」
「はい」
リーナは食堂に案内された。
下働きだけでなく召使いも使用する食堂だと教えられた。
「ここは休憩室や談話室でもあります」
食事の時間以外にも使用できるが、掃除している間は使用できない。
「掃除部なので、いずれはここも掃除することになるでしょう」
「はい」
リーナの食事は一日二回。朝食と夕食のみ。
昼食や夜食もあるが、召使いや勤務時間が違う者だけだった。
「他の者が食事をしているからといって、昼や夜中に食事をしないように。但し、水はいつでも飲むことができます。食事はセルフサービスです」
カウンターの前に並んで食事がセットされたトレーを受け取り、空いている席で食べる。
食事の量は一定で、大盛りやおかわりはできない。
新人の立場をわきまえ、下座に座るよう注意された。
「下座というのはどこでしょうか?」
「カウンターから一番遠い場所です。出入口付近の空席を使用しなさい」
「わかりました」
リーナは指導役と共にカウンターに並び、トレーを受け取った。
食事は野菜の切れ端のようなものが入ったスープ、パン、水。
一般的にはかなり質素な食事だったが、リーナは目を輝かせた。
「凄いです……」
孤児院の食事はただのお湯にも等しい具のないスープとパンが一切れだけ。
空腹はひたすら水を飲み、我慢するしかなかった。
ところが、後宮では野菜入りのスープが出る。
パンも一切れではない。大きいパンだった。
毎日二回、このような食事が取れると思ったリーナは喜びに震えた。
「だから言ったでしょう。期待してはいけないと」
指導役は勘違いした。
リーナが震えたのは喜びからではなく、落胆のせいだと思った。
「いいえ、十分です! とても嬉しいです!」
「そうですか。新人は後片付けをしてから来るため、食事の時間に遅れることもあるでしょう。ですが、緊急事態以外は走らないように。急ぐときは早歩きをします」
「はい」
「新人にとっては同じように採用されたばかりの者以外は全員上位です。廊下や部屋で上位の者に会った場合は、きちんと挨拶をする必要があります」
いちいち言葉をかける必要はないが、腰を折り曲げ、頭を下げて礼をする。
「仕事で急いでいても、挨拶は礼儀です。必ず忘れないように」
「はい」
「急ぎのことがなければ、動作はゆっくり、丁寧にするというのを心掛けます」
相手が通り過ぎた瞬間、すぐに姿勢を直すのはいかにも表面的な挨拶だと思われてしまう。
相手を不快にさせないよう、完全に過ぎ去ってから姿勢を正して移動する。
「会話は自由ですが、共用施設では大声で話さないように。周囲に迷惑をかけるような行動をしてはいけません」
日常的な説明や注意点を聞きながら、リーナは何度も「はい」という返事を繰り返した。
「話をしっかり聞くのはいいことですが、手をつけなければ食べ終わりません。早く食べなさい」
「はい! いただきます!」
リーナは満面の笑みを浮かべながらパンを一口分ちぎって食べた。
かぶりつかない……。
平民がパンを食べる時はパンにかぶりつくのが普通。
一口分ずつちぎって食べるのは食事のマナーがわかる証拠だった。
指導役は見込みがありそうだと感じていた。
*後宮には女性だけでなく、男性(侍従や召使いなど)もいる設定です。





