396 父親として(一)
リーナはレーベルオード伯爵と共に屋敷に戻ることになった。
パスカルはまだ勤務がある。
ジリアンは農務省の方に顔を出すために王宮に残り、マリウスは王宮に来る時に使用した馬車で戻ることになった。
レーベルオード伯爵が通勤用に使用している馬車が用意されると、リーナは乗り込む前に馬車をじっと見つめた。
「早く乗れ」
「はい」
リーナとレーベルオード伯爵が乗り込むと、すぐに馬車は走り出した。
途中には検問があるが、馬車は停止することなく通過した。
「お父様、質問したいことがあるのですが?」
「なんだ?」
「王宮へ来る時は検問で馬車が停まりました。でも、帰りは止まっていません。どうしてでしょうか?」
「馬車が違うからだ」
レーベルオード伯爵が答えた。
「正確には馬車につけられた登録板の違いだ」
王宮は国王が住むだけに警備が厳重であり、どんな馬車であっても王宮まで来ることができるわけではない。
あらかじめ許可を取った馬車でなくてはならず、それを示すために登録板というものが発行される。
登録板を馬車につけると、その馬車は王宮地区に出入りできるようになる。
検問で警備の者が登録板を確認し、通過させていい馬車かどうかを確認することが説明された。
「では、今回はすぐに登録板を確認できたので止まらなかったということでしょうか?」
「登録板は複数種類がある。特権付きだと一時停止をする必要がない」
重要人物を乗せるための馬車には特別な登録板が発行される。
レーベルオード伯爵はレーベルオード伯爵家の当主としての特権と内務省の高官としての特権を併せ持つため、通勤用に使用する馬車には特権付きの登録板がついていた。
「特権の種類もいろいろある。私が常時使用するこの馬車は最上位の特権を持っているが、レーベルオード伯爵家としての馬車の場合は同じではない。王宮地区に出入りする時に止まる必要はないのだが、検問では一時停止をしなければならない」
「あくまでもお父様が常時使用している馬車だけが特権対象なわけですね」
「そうだ。パスカルは別の馬車を持っている。王族の側近だけに、それも最上位の特権を持っている」
「すごいです!」
「親子で最上位の特権を持つ馬車を所有している者は限られている。ここだけの話、私よりもパスカルの方が官僚としての立場は上だ。とても誇らしい」
「お父様からお兄様の話を聞けると嬉しいです。私もお父様やお兄様を誇らしく思うことができます」
「そうか。だが、リーナもまた私よりも上になる。内々とはいえ、プロポーズされたのだろう?」
「そうです」
リーナは赤いバラのつぼみを見せた。
「その時にこれをいただきました」
「そうか」
赤いバラではなく、赤いバラのつぼみ。
その意味をレーベルオード伯爵は正しく理解していた。
「王太子殿下は愛の深さを示そうとされたのだろう。だが、本当に受けてもいいのか? 父親には本音を打ち上げてほしいのだが?」
「受けたいのです。そのせいでつらいことや苦しいことがあったとしても、私の幸せはクオン様の側にあります。そう信じて頑張りたいと思いました」
微笑むリーナから感じられるのは喜びであり、愛であり、希望だった。
「わかった」
レーベルオード伯爵も優しい笑みを浮かべた。
「リーナが信じることを私も信じる」
「ありがとうございます。お父様は本当に愛情深い方ですね。お父様の娘になることができて私は幸せです!」
「レーベルオードの花はスズラン。花言葉は幸せの再訪だ。次々とリーナに幸せが訪れることだろう」
「素敵です! レーベルオードも、スズランも、お父様も!」
満面の笑みを浮かべるリーナを見て、レーベルオード伯爵の笑みが深くなる。
王宮中において冷厳冷徹として知られている人物とは到底思えない姿だった。





