391 告白
展望の間は緊張に包まれていた。
少なくともクオンにとってはそうだった。
「リーナ、これで約束したことの一つは守った。だが、大事な話がまだだ。これからする」
……あの話ですよね。
リーナもまた緊張に包まれた。
「まずは謝罪からだ。ミレニアス王との交渉が決裂しての帰国だっただけに、会議をしなければならなかった。父上にどのような報告をするかだけでなく、国境地帯にいる者にどのような指示をするかを考えなくてはいけない。王太子としての執務を最優先にした結果、リーナに話しかけることさえできなかった。すまない」
「お忙しいのはわかっています。気にされなくても大丈夫です」
リーナは気遣うように答えたが、クオンは納得しなかった。
「大丈夫ではない。正直に話すが、困惑した。恋人関係を解消したいと言われ、どのように接すればいいのかわからなかった」
私も同じです……。
リーナもまたクオンに対してどうすればいいのかわからなかった。
「帰国するまでは私の恋人でいるよう言ったが、それは私の気持ちを優先にした判断だった。リーナの気持ちを大切にしたくても受け入れがたかった。そこで帰国後もリーナの気持ちが変わらなければ、恋人関係は解消する方向で検討すると答えた。覚えているか?」
「覚えています」
「今もまだ恋人関係を解消したいと思っているのか?」
「……私がどう思うかは関係ありません。決めるのはクオン様です」
リーナは自分で答えを出したくはなかった。
クオン様が好きです。でも……私は弱い。
リーナはまたもや弱気になった。
「そうだ。私が決める。だが、リーナの気持ちを知った上で決めたい」
クオンは自分の気持ちだけで決めたくはなかった。
「リーナは恋人になることを受け入れてくれた。私への愛情がある証拠だと思ったが、違ったのか? 王太子の申し出を断れなかったからなのか?」
「……愛情はあります。申し出を断れなかったせいではありません」
「では、私への愛情が薄れてしまったのか? それともなくなってしまったのか?」
「結婚できないからです。私がどんなに頑張っても、元平民の孤児だった過去は消えません。大勢の人々に反対されます。クオン様の足を引っ張ってしまうだけです」
クオンは冷静さを失わないように深呼吸をした。
「父上にお前を正妃にしたいと話したが、反対された」
やっぱり……。
国王はミレニアス王と密約を交わしている。
キフェラ王女と結婚させたいだけに、別の女性との結婚を認めるわけがないとリーナは思った。
「どうしても妻にしたいと話すと、側妃ならいいと言われた」
「えっ!」
リーナにとっては予想外のことだった。
「私は元平民の孤児ですよ? 側妃にするのだってダメなはずです! それが常識です!」
クオンはリーナを真っすぐに見つめた。
「エルグラードは身分社会だ。その常識から言えば、リーナが身を引くというのは正しい。だが、エルグラードの常識が全てではない。他国に行けば他国の常識がある。エルグラードと同じ常識とは限らない。ミレニアスに行ったことで、異なる価値観を持つ国があることを知ったはずだ」
確かにそうだとリーナは思った。
ミレニアスはエルグラードの隣の国で、身分社会でもある。
それでも違うことが多くあった。
「常識を持つことは大切だ。だが、常識は国や社会の在り方、人々の意識によって変化していく。そして、常識には人々の夢や理想、愛や信念を失わせるほどの力はない」
クオンは赤いバラのつぼみを見つめた。
「赤いバラの花言葉は愛や情熱をあらわす。だが、つぼみになると花言葉が変わる。どのような花言葉か知っているか?」
「純粋な愛です」
リーナはすぐに答えることができた。
孤児院にいた頃、リーナは花の売り子を見たことが何度もある。
売り子は花を売るために花言葉を客に教える。
それを聞いているうちに覚えた知識だった。
「相手に尽くすという意味もある。ゆえに、王族は赤いバラは贈ってもつぼみは贈らない。王族は尽くすのではなく、尽くされるほうだからだ。王族が赤いバラのつぼみを女性に贈るのは王族の常識から外れることになる」
クオンはリーナに視線を変えた。
「エルグラードの王太子は強大な力を持つ。自らが相手に屈することをあらわさないようにする。神に祈る時でさえ王族は座るか立ったままだ。愛する女性に跪いて愛を懇願することはない。それもまた常識だ」
クオンは片膝をつき、赤いバラのつぼみをリーナへと差し出した。
「リーナ・レーベルオード、心から愛している。私の妻になって欲しい。国王の許可の元、正式に申し込む。受け入れてくれるのであれば、私の気持ちが込められているバラを受け取って欲しい」
愛する男性に花を捧げられ、プロポーズされている。
まるで夢を見ているようだとリーナは思った。





