385 黄金の塔
リーナはレーベルオード伯爵と一緒にクオンが来るとは思っていなかった。
クオン様に会えるのは嬉しい。でも……。
ミレニアスで恋人関係を解消したいと伝えている。クオンに会えば、その答えが出てしまうかもしれない。
リーナは怖くなった。
「外ですか?」
てっきりどこかの部屋に向かっているとリーナは思っていたが、クオンは一階に行くと外に出た。
「歩いても行けるが、馬車で行く」
用意されている馬車に二人が乗り込むと、同行していた護衛騎士がドアを閉めた。
すぐに馬車が動き始める。
「どこに行くのでしょうか?」
「黄金の塔だ」
リーナは後宮に勤めていたが、黄金の塔という名称については聞いたことがない。
王宮の方にある塔だろうと思った。
「どうして黄金の塔に行くのでしょうか?」
「王都を見渡せるような場所に連れて行くとレールスで約束した。黄金の塔は展望用に建てられた。王都の景色が見える」
「そうでしたか。どんな景色が見えるのか楽しみです」
約束を守るためだとわかり、リーナは嬉しくなって微笑んだ。
次の瞬間、クオンの手が伸びてリーナを抱きしめる。
ようやく恋人として振る舞える時間が来た。
「会いたかった」
クオンの言葉がリーナの心に響き渡り、喜びへと変わっていった。
「私もクオン様に会いたかったです」
リーナとクオンは離れていた。
互いにやるべきことがあったからだが、顔を合わせにくいからでもあった。
その結果、わかったことがある。
それは好きだという気持ち。
物理的に離れたことで、自分が本当に望んでいることがわかった。
会いたい。一緒にいたい。
その気持ちが確かにあること、そして強まるばかりであることを感じた。
「ようやくだ」
クオンの気持ちを表す言葉は、リーナの気持ちを表す言葉でもあった。
二人の距離は心が求めるままに縮まり、その唇が重ねられた。
馬車が黄金の塔に到着した。
「ここが黄金の塔ですか?」
名称から考えると黄金色の塔のように思えるが、外観は極めて古い石造りの塔だった。
「以前来ていた時よりも古さを感じる」
王太子のクオンの安全確保は最優先事項だったため、通学以外の外出についてはなかなか許可が出なかった。
そこでクオンは黄金の塔に来ては、最上階から見える王都の景色を眺めていた。
「最上階から王都が見える。階段を昇らなければならないが、大丈夫か?」
「大丈夫です! 謁見の時につまずいたら困るので、ヒールがほとんどない靴で来ました」
「リーナのペースに合わせる。疲れたらすぐに教えてほしい」
「わかりました!」
塔内もまた外観同様古さを感じさせた。
小さな窓があるが、人工的な灯りがないせいでかなりの暗さだった。
「暗いですね。窓が全部開いていません。甲冑がたくさんあるせいか怖いです……」
「大丈夫だ。先に護衛騎士たちが安全確認をしている。もっと窓を開けさせろ」
クオンは同行しているクロイゼルに指示を出した。
「申し訳ありません。長年使われていない影響で、あちこちに不具合があります」
「不具合?」
クオンは訝しげに呟くと、窓に視線を向けた。
「開かないということか?」
「申し訳ありません」
「仕方がない。だが、あの甲冑はない方がよかった」
「それは困ります。あれは警備用の全身甲冑になります。塔の外に並べるわけにはいきません」
全身甲冑は騎士や警備が使うものではあるが、クオンは違和感を持った。
「別の場所に移せばいいだろう?」
「警備用の全身甲冑なのです。どうかご容赦いただきたく」
クオンは全身甲冑を強い視線で見つめたあと、警備用という言葉の意味を察した。
「……わかった」
クオンは全身甲冑が見えにくくなるようにリーナの肩を抱き寄せた。
「用事があるのは最上階だ。甲冑は見ない方がいい。怖くなるだけだ」
「そうですね」
クオンとリーナは階段へ向かい、最上階を目指した。





