384 王妃の決意
「信じられません……王太子だというのに!」
王太子の息子は花言葉を知っていて赤いバラのつぼみを用意した。
それは一人の男性として尽くしたいと思える女性があらわれたということかもしれないが、心の中で密かに思えばいいだけのこと。
王族の常識を無視してまで相手に示す必要はないと王妃は思った。
「ようやく兄上の目に適う女性があらわれたのです。そのことを喜ぶべきでは?」
エゼルバードは心から敬愛する兄の味方をするために発言した。
「誰でもいいわけではありません」
「年齢や重責を担っていることを考え、少々のことは目をつぶるべきだと思いますが?」
「少々ではありません!」
王妃は厳しい口調で答えた。
「重責を担っているからこそ、どんなことであっても目をつぶるわけにはいきません! あのような出自の者が王太子にふさわしいわけがありません!」
「出自はいい。名門貴族の令嬢だが?」
レイフィールがそう言ったが、王妃は首を横に振った。
「元平民の孤児ではありませんか!」
「レーベルオードの二人がいる前で堂々とリーナを蔑むとは思わなかった」
セイフリードの言葉を聞いた王妃はハッとした。
王太子の行動にショックを受けていたせいで、レーベルオード伯爵とその息子のパスカルがいることを失念していた。
「……レーベルオード伯爵家は確かに名門です。ですが、リーナは養女です。元平民の孤児と聞き、懸念するのは当然ではありませんか。王太子に対する評価が下がってしまいます」
反論はないはずだと王妃は思ったが、その予想ははずれた。
「王家の忠臣として発言する。国王陛下がサリファッフ伯爵家の令嬢を王妃に選んだ時、多くの貴族は驚いた。なぜなら、シャーメイン公爵家の令嬢が正妃になるべきだと思っていたからだ」
レーベルオード伯爵の口調は静かだったが、力強さが宿っていた。
「身分、血筋、財力、容姿を比べても、勝っているのはシャーメイン公爵家の令嬢の方だった。しかし、国王陛下は個人の能力を高く評価する時代にしていくためだとして判断を変えなかった。つまり、王妃は能力主義によって選ばれた。だと言うのに、息子である王太子殿下が選んだ女性に対しては身分主義の考え方をしている。新しい時代に逆行すべきではない。王妃は国王陛下や王太子殿下の意向に従うべきだろう」
レーベルオード伯爵は視線をエゼルバードに向けた。
「また、この場においては第二王子殿下が最上位になる。第二王子殿下のご意向を否定するような言動は避けるべきだ。王妃であっても王族の下になることを忘れてはならない」
「無礼です!」
王妃は怒りをあらわにした。
「レーベルオード伯爵は貴族です! 臣下の分際で王妃を軽んじる発言は許しません! 謝罪しなさい!」
「謝罪する必要はない!」
セイフリードが口を挟んだ。
「レーベルオード伯爵は王家の忠臣として発言した! 王妃の言動は王族の意向に沿っていない。その事実を指摘しただけではないか!」
「王妃を侮辱することは夫である国王、息子である王太子を軽んじる行為です!」
「侮辱ではない! 都合良く兄上や父上を巻き込むな!」
「子どもは黙っていなさい!」
「未成年であっても王族だ! 王妃よりも身分が上だ!」
「王族であれば好き勝手にできるわけではありません! 適切な言動ができていないではありませんか!」
「適切な言動ができていないのは王妃の方だ! だからこそ、レーベルオード伯爵に指摘されたこともわからないのか? これで良妻賢母の王妃とは呆れるしかない! 王族の威を借る女官上がりの王妃ではないか!」
「セイフリード! 王妃に対する暴言ですよ!」
王妃は頭には完全に血が上っていた。
女官上がりの王妃という言葉は、王妃を長年苦しませる蔑称だった。
確かに女官から王妃になったため、事実を口にしただけという者もいる。
だが、その根底には身分や家柄の悪さを間接的に揶揄する意図が含まれていた。
「すぐに退出しなさい! レーベルオード伯爵も! この件は陛下に報告します。相応の処罰があると思いなさい!」
「処罰されるのは王妃だ! いっそのこと王妃の身分を返上してしまえ! 新王妃にはシャーメインの猫がなればいい。サリファッフの女狐を嫌う貴族が喜ぶ!」
「セイフリード!」
「レーベルオードは僕について来い。時代遅れの王妃と過ごす必要はない!」
「御意」
セイフリードはパスカルとレーベルオード伯爵を伴って部屋を退出した。
怒りに震えた王妃は、自らを落ち着けるように目をつぶった。
「気分が優れません。陛下にお会いする用事もできたので、茶会はここまでにします」
「エゼルバード、一緒に来なさい。どうしても相談したいことがあるのよ」
面倒ですね……。
エゼルバードとしては兄とリーナの様子を探らせ、可能であれば見にいこうと思っていた。
しかし、猫なで声を出す母親を無視するのは得策ではないこともわかっていた。
「母上の力になれるようであればいいのですが」
「エゼルバードが私の力になれないわけがないでしょう? 問題は気分次第なところよ。セブンとロジャーも一緒でいいわ」
第一側妃はエゼルバード、セブン、ロジャーを伴って退出した。
そのあとにレイフィールとローレン、第二側妃、第三側妃が退出した。
一人になった王妃は自らを落ち着けるために何度も深呼吸をした。
必ずこの屈辱を晴らして見せる! セイフリードにも、レーベルオードにも!
王妃は固く決意した。





