377 隠し話
「リーナは一見すると普通の女性に見えるのですが、独特な部分があります。私とは違った考え方を持っていて、それがひらめくきっかけになります。だからこそ、あの美しい馬車が完成したのです」
エゼルバードはにっこりとリーナに微笑んだ。
「リーナ、あとで一緒に馬車を見にいきましょう。完成した馬車の確認をしていませんね? 細かい部分についての感想や意見を聞きたいのです」
「はい。ぜひ、拝見させていただきたくお願い申し上げます」
「硬いですね。もっと普通に話していいのですよ。遠慮なく発言するからこそ、私の役に立てるのです。そのことを忘れてはいけません。リーナは私にとって妹のようなものですからね」
「妹?」
すぐに第一側妃が反応した。
「お気に入りにしたの?」
「かつて選んだ女性とは違います。なぜなら、私の役に立つどころか足を引っ張りましたからね。リーナは違います。役立つからこそ、妹のようなものとしたのです。その方が遠慮なく発言でき、より私の役に立つでしょう」
「そうね!」
第一側妃はすぐに同意した。
「お母様にもその楽しみを分けて頂戴。娘のように扱ってもいいわよね?」
母親が望んでいるのは娘というよりもただの人形、自分に服従する女性でしかないとエゼルバードは思った。
「兄上の許可が必要です」
「エゼルバードは許可を取ったの?」
「取りました。レイフィールも同じく妹として扱う許可を取っていました」
「レイフィールも?」
レイフィールの生母である第二側妃が眉をひそめた。
「ですが、私の方が優先です。レイフィールよりも上ですからね」
「その通りよ」
断言するように第一側妃は強い口調でそう言った。
「どう考えてもエゼルバードの方が上だわ! 序列もだけど、神々しさが違うもの!」
「では、エゼルバードとレイフィールはその者を妹扱いしており、クルヴェリオンも認めているということですね?」
王妃は確認するように尋ねた。
「そうです。考慮すべきことと言えるでしょう」
エゼルバードは自分やレイフィールがリーナを特別視しているということを示し、王妃や側妃たちを牽制しようと思っていた。
「その者はレーベルオード伯爵家の者とはいえ養女です。妹のように扱いたいのであれば、養女ではない貴族の女性にした方がいいのでは?」
「そうね。養女ではない方がいいかもしれないわね?」
第一側妃も王妃の意見は悪くないと感じた。
だが、エゼルバードは同意するわけにはいかなかった。
「リーナがいいのです。養女かどうかは関係ありません」
「養女になったということは、元々の出自がよくないはずです。そうですね?」
「養女になる前は元平民の孤児でした」
調べればわかってしまうことだけに、エゼルバードは正直に答えた。
「なんですって!」
第一側妃は驚愕した。
「元平民の孤児なんてありえないわ! エゼルバード、別の女性にしなさい!」
エゼルバードの予想通りだった。
「母上、落ち着いてください。本当は違うのです」
「本当は違うですって?」
「そうです。リーナは高貴な血筋の者なのです」
「高貴な血筋ですって?」
「ここだけの話ですが、他国の王族の隠し子なのです」
「なんですって!」
第一側妃は驚愕の表情になった。
「なぜ、エルグラードにいるの? しかも、平民の孤児だなんておかしいわよね?」
「幼い頃に誘拐されてしまい、犯罪者によってエルグラードの孤児院に入れられてしまったのです」
「なんて不幸なの!」
「母親がエルグラード人なので、リーナはエルグラード語の読み書きができました。そのせいで他国の王族の子どもであることに気づかれないまま、孤児として生きていくことになってしまったのです」
「恐ろしい話だわ……まるで物語のようではなくて?」
「ええ、本当に。まさに悲劇です。ですが、これからは違います。レーベルオード伯爵家の養女になったことで、本来の出自に近くなりました」
「救われたというわけね?」
「そうです。犯罪の被害にあったせいで、本来の身分にふさわしい扱いを受けられない者が見つかりました。極めて悪質な孤児院があったことは話したはずです」
エゼルバードは不正をしている孤児院を見つけ、そこで育った子どもの中には誘拐された子どもたちが含まれていたという話をしていた。
「まさか、その者も問題のある孤児院にいたの?」
「そうです。父親が他国人の王族、しかも隠し子だったせいで身元調査に時間がかかってしまいました」
「レーベルオード伯爵家の養女になったということは、本来の素性に戻れなかったということでしょうか?」
第二側妃が尋ねた。
「行方不明になった本人だと確信できるような証言や証拠があり、両親は娘だと認めました。ですが、醜聞を恐れた王が認めなかったのです。王が認めない以上、本来の身分には戻れません」
「可哀想に」
第一側妃はリーナに憐みの視線を向けた。
「王族の娘として生まれたのに、誘拐されたせいで本来の身分を失ってしまうなんて!」
うまくいったとエゼルバードは思った。
母親は身分を重視するからこそ、生まれた時がどうだったのかで判断する。
リーナは元平民の孤児だが、王族の隠し子だと言えば高貴な出自だとみなし、軽視しなくなる。
さて、王妃はどうするでしょうね?
エゼルバードは視線を王妃に向けた。
「エゼルバード、その者の母親はエルグラード人だと言いましたね? 誰ですか?」
「他国の王家に関係する情報のため、国家機密です。どうしても聞きたければ、父上から聞いてください」
エゼルバードは全ての情報を教えるつもりはなかった。
「レーベルオードが養女にしたのは、政治的に利用できそうだからなの?」
「否定はしませんが、兄上としては巻き込みたくないようです。元々隠し子ですし、他国の王も認めない方針ですので公表はできません。ですが、今後の状況が変わる可能性もあります。保護対象にするのは当然かと」
「価値が高いとみなしているのですね?」
「当然です」
エゼルバードは笑みを浮かべた。
「レーベルオード伯爵家の力をご存知のはず」
「レーベルオード伯爵家の力?」
第三側妃は首を傾げた。
「名門ということですわよね?」
「そうです」
第二側妃が頷いたが、その様子を見た第一側妃は呆れた。
「貴方たち、何も知らないのね?」
「と言いますと?」
第二側妃が尋ねた。
「グランディール国際銀行のことは知っているの?」
「有名な銀行です」
「とても大きな銀行ですわ」
答えを聞いた第一側妃は唖然とした。
「グランディール銀行はエルグラードで最も信用されている国際銀行よ。そして、この国際銀行を作ることができたのは外務大臣だった前レーベルオード伯爵のおかげなのよ!」
前レーベルオード伯爵は若い頃から外交官として周辺国に赴任し、その経験と人脈によって外務大臣になった。
エルグラードが国際的に飛躍するためには信用の高い国際銀行の設立が不可欠になるため、国策に沿う形でグランディール国際銀行の設立に尽力した。
つまり、現在のエルグラードが国際貿易や海外投資によって繁栄しているのは、前レーベルオード伯爵のおかげであると言っても過言ではないことが説明された。
「現在のレーベルオード伯爵でも影響力はあるのでしょうか?」
「当然よ。内務大臣が絶対に離したがらない者よ」
「ですが、シャーメイン公爵家に匹敵するほどではないのでは?」
第三側妃がそう言ったのは、第一側妃の機嫌を取るためだった。
第一側妃の実家シャーメイン公爵家は王都内で最も多くの不動産を所有している貴族だと言われるほどの大富豪。
第一側妃は実家のことを誇っているが、機嫌は直らない。
それはシャーメイン公爵家よりもレーベルオード伯爵家の方が上だと思っている証拠だった。





