375 微笑の間
王妃の茶会は微笑の間で行われていた。
「王妃様、側妃様方にご挨拶申し上げます。この度、レーベルオード伯爵家は養女を迎えることになり、国王陛下に謁見してご報告いたしました。妹のリーナです。何卒よろしくお願い申し上げます」
まずはパスカルが挨拶と紹介の言葉を述べた。
名前や妹という立場は説明しているため、リーナは頭を下げて礼をした。
「そろそろ来るのではないかと思っていました。その者が黒鳥の馬車を作る時に貢献した者ですか?」
「はい」
「では、その者だけ特別に茶会への同席を許します。レーベルオード子爵は下がりなさい」
「わかりました」
微笑の間で茶会をするということは、女性しか参加できない茶会であることを示しているようなもの。
パスカルは自らの同席を願い出ることなく、リーナを残して退出した。
リーナは待った。
テーブルには空席が一つあるが、自分の席だと思って勝手に座ってはいけないと教わっていた。
必ず茶会の主催者の許可を待つ。それがマナーだった。
そして、招待者や同席者だとしても、必ずしも席を与えられるとは限らない。
身分によっては立ったまま控えるという形になる可能性もあった。
王妃や国王の側妃たちはじろじろとリーナを見つめた。
やがて。
「リーナ・レーベルオード、席が一つ空いています。特別に着席を許しましょう」
ようやく王妃が許可を出した。
「寛大なるご配慮に心から感謝申し上げます」
リーナはきちんと挨拶をしてから席に向かい、もう一度座る前に礼をしてから着席した。
王妃や側妃たちはそれを見て、元平民の養女であっても礼儀作法については学んでいるようだと判断した。
「早速ですが、黒鳥の馬車について質問します。なぜ、あのような馬車をデザインしたのですか?」
王妃の茶会において、黒鳥の馬車に関する質問があるということは事前に知らされていた。
リーナは黒鳥の馬車について答えればいいというのはわかっていたが、どのようなことについて聞かれるのかはわかっていなかった。
「申し上げます。黒鳥の馬車につきましては、エゼルバード様がデザインされました。ですので、私がデザインしたわけではありません」
王妃と側妃たちは顔を見合わせた。
「聞いた話と違います」
「そうね」
「何か違うようです」
「おかしいですわね」
王妃と側妃たちは黒鳥の馬車の話をした昼食会を思い出すことにした。
「エゼルバードは黒鳥の馬車について話しました。確かにデザインしたのは自分だと言っていましたが、それだけではなかったはずです」
「もう一人いるという話だったわよね?」
「そうでした。他にもいるということで、女性だとわかったのです」
「王太子殿下が管轄する女性だという話でしたわ」
「馬車の一部分について担当したのでは?」
王妃はそう考えた。
「そうかもしれないわね」
「わざわざ他の者もいると言ったことを考えると、重要な部分なのでは?」
「黒鳥の馬車にすることでは?」
「黒鳥の馬車にするという案はロジャー・ノースランド様が出しました」
リーナが答えた。
「ロジャーが?」
「それならロジャーの名前が出るはずよね?」
「ノースランド子爵の名前は出ていません」
「側近の名前は出ていませんでしたわ」
「私が考えたのは、馬車の形を白鳥にすることでした。エゼルバード様は白い馬車を作ろうとされていて、白鳥会という後援会があることと結びつけました。ですが、それはよくないと指摘され、ノースランド子爵が白鳥をイメージした内装の馬車を提案されました」
「そうなのね。じゃあ、ロジャーが一緒に考えた馬車というべきだわ」
第一側妃はなぜ息子のエゼルバードが親友であり側近でもあるロジャーの名前を出さなかったのか不思議に思った。
「わかったようでわかりません」
「全然わかりませんわ」
第二側妃と第三側妃は困惑の表情を浮かべた。
「二羽の白鳥が口づけをしている装飾があります。首の形がハートになっていました。あれは誰が考えたのですか?」
「エゼルバード様です」
「そうなると、エゼルバードとロジャーの二人で考えた馬車のように思えます」
「確かにそうね?」
「私もそう思いました」
「王妃様の言う通りですわ」
天才的な感覚を持つエゼルバードが考えたというのはおかしくない。
むしろ、エゼルバードでなければ作れないと思えるような馬車だった。
馬車を作るために友人兼側近のロジャーが意見を出したり考えたりするのも当たり前。
なぜ、リーナのことを話題に出したのか。
側妃たちは不思議に思うしかない。
だが、王妃だけは違った。
クルヴェリオンのために……。
王妃は息子のクルヴェリオンがリーナ・レーベルオードを妻に迎えたがっているという話を国王から内密に聞いていた。
第四王子付きの侍女で名門貴族と言われるレーベルオード伯爵家の令嬢。
それだけを聞くと悪くないが、実は養女で元平民の孤児だった女性。
そのような出自と経歴の者を王太子妃にするわけにはいかない。
絶対に反対されるのがわかりきっているため、兄の力になりたいエゼルバードがアピール狙いで話題にしたのだろうと王妃は思った。





