373 白の控室
馬車が王宮に到着した。
だが、警備をする者から降りないようにと指示があった。
それからしばらくすると、警備責任者が来て挨拶をした。
「お待たせして申し訳ありません。レーベルオード伯爵家の馬車が到着するのを待つ人々が多く集まっています。安全上の懸念もあり、別の出入口まで馬車を誘導いたします」
「どこの出入口だ?」
すぐにジリアンが厳しい口調で尋ねた。
「二階です」
王宮には多くの出入口があり、身分や地位によって使用可能な出入口が変わる。
ほとんどの者は一階の出入口を使用するが、非常に身分の高い者や地位の高い者は二階にある出入口を使用することができた。
「レーベルオード伯爵か子爵はこのことをご存知の変更か?」
「ご指示はレーベルオード子爵によるものです。ですので、レーベルオード伯爵もご存知ではないかと」
「わかった」
「では、誘導いたします」
リーナたちが乗った馬車は警備関係者の先導によって二階の出入口に移動した。
二階の出入口には担当と侍従と警備関係者が揃っており、リーナたちを白の第一控室まで案内した。
まもなくレーベルオード伯爵が部屋に来て、リーナをじっくりと見つめた。
「ベールは必要ない。移動の時だけでいい」
「わかりました」
すぐにマリウスがベールを取ろうとするが、伯爵が制止した。
「待て。パスカルが来てからにする」
「では、そのように」
謁見の時間は決まっているため、ほどなくしてパスカルも姿を見せた。
だが、一人ではなく、ヘンデルも一緒だった。
「レーベルオード伯爵、この度は養女の件、誠に喜ばしくお祝い申し上げます」
「ヴィルスラウン伯爵、祝辞に感謝する。だが、堅苦しくする必要はない。その気もないだろう?」
ヘンデルはわざとらしく肩をすくめた。
「よくおわかりで。それにしても、リーナちゃんは結婚するような姿だね? 俺がベールを取ってもいい? 花婿の気分を味わえそう」
「拒否します」
即答したパスカルがリーナの側に寄り、ティアラにひっかからないようにしながらゆっくりとベールをはずした。
「花婿の気分を味わえた?」
「ここは聖堂ではありません」
ニヤニヤと尋ねるヘンデルにパスカルは素っ気なく応えたが、リーナに向けたのは満面の笑みだった。
「とても綺麗だよ。誰にも見せたくないぐらいだ」
「俺は見た」
ヘンデルを無視したままパスカルは父親の方を見た。
「父上にお伝えすることがあります。立会人の数が急きょ増えたため、謁見の時間が少し遅れるとのことです」
「どうせ国王の取り巻きたちだろう」
レーベルオード伯爵は冷たい口調で答えた。
「私の娘は見世物ではない」
「いつ披露するかの情報が出ないため、謁見に立ち会って容姿を確認するつもりではないかと」
「見たからといってどうする? 所詮、小娘だと言われるだけだ。他の連絡事項はあるか?」
「ありません。陛下との謁見はすぐに終わる予定です」
「そうか。王妃の茶会がなくなるかすぐに終わるのであればよかったのだが」
レーベルオード伯爵は王妃の茶会に出るリーナのことが心配だった。
「リーナ、今日は多くの人々がお前を見ようとするだろう。好奇の視線で見られるだけでない。軽視するような発言やあからさまな差別を受ける可能性もある。だが、決して怒ってはいけない。感情を抑え、冷静でいるように」
「わかりました」
「大丈夫だよ。暴君に仕えていた経験が役に立つ。大人しくしていれば、必ず嵐は過ぎ去るからさ」
ヘンデルがにこやかにリーナに話しかけた。
「国王陛下も重臣たちも怖くない。ただ、初めて会うからじっくりとリーナちゃんを見ようとするせいで、人相が悪く見えるかもってだけだから」
「練習通りにできるよう頑張ります」
「謁見式の練習したのか」
「しました」
「誰が国王役だった?」
「お父様です」
ヘンデルが思い浮かべたのはインヴァネス大公。
だが、インヴァネス大公がエルグラードにいるわけもない。
となれば、レーベルオード伯爵のことに決まっていた。
「国王陛下はレーベルオード伯爵ほど怖くないよ。どちらかといえば、優しそうな容姿をしているかな」
お父様って呼んでいるのかあ……。
そう思いながらヘンデルはレーベルオード伯爵に視線を向けた。
「国王陛下は中央にいる。その両隣にはめちゃくちゃ目つきの悪い者がいる。威圧感も半端ないから見ちゃダメだ。俺でも視線は滅多に合わせない。真っすぐ国王陛下だけを見ていればいいからね」
「わかりました」
リーナはしっかりと頷いた。
「なんだか、俺の方が緊張するなあ。リーナちゃんの姿を見て、花婿病になったのかもしれない」
「そのような病気はありません」
冷静にパスカルが否定した。
「ヴィルスラウン伯爵、ここに居座る気か?」
レーベルオード伯爵の問いに、ヘンデルは頷いた。
「謁見のあと、レーベルオード伯爵を案内するので」
「案内は不要だと断ったのですが、王太子殿下の許可をわざわざ取って来ました」
「王太子殿下の意向であれば仕方がない」
「レーベルオード伯爵家だけで密談をするなら席を外すけど?」
「特にない。事前に打ち合わせはした」
「まあ、もうすぐじゃないかなあ」
ドアがノックされ、侍従が扉を開けた。
「失礼いたします。お時間でございます」
「謁見の間に移動する」
「いってらっしゃい! リーナちゃん、頑張って!」
ヘンデルに見送られ、レーベルオード伯爵家の三人は控室を退出した。
「ところで」
ヘンデルは顔の向きを変えた。
「久しぶりだね、ジリアン?」
「ご無沙汰しております」
ジリアンとヘンデルは面識があった。
「農務省で頑張っているそうだね。大学院を卒業したら官僚になる?」
エルグラードの行政機関には実習生という制度がある。
これは官僚になりたい者が行政機関で働きながら学び、どの組織での登用を目指すか、あるいは有望な人材を行政機関の方で見分けるために活用されていた。
ジリアンは現在、大学院に通いながら農務省の実習生を務めていた。
「ダウンリーの当主としての執務もありますが、できることなら官僚になりたいと思っています」
「農務省を志望する?」
「ダウンリー男爵領の主要産業は農業です。農務省との関係は重要ですので、実習生の期間を大いに活用したいと思っています」
「ここだけの話だけど、王太子殿下の推薦状をもらうこともできる。志望先選びに苦心する必要はない。好きなところを志望すればいいよ」
ジリアンは驚きの表情になった。
まさか、王太子の推薦状をもらえる可能性があるとは考えてもみないことだった。
「驚いているね。パスカルから何も聞いていない?」
「レーベルオード子爵は忙しく、なかなか会えないので」
「ふーん。そっかあ。で、そっちは誰かな?」
ヘンデルの視線がマリウスに向けられた。
「ヴィルスラウン伯爵にご挨拶申し上げます。マリウス・レーベルオードと申します。本日はリーナ様の世話役兼護衛として同行いたしました」
「あー、なるほどねえ」
ヘンデルはニヤリとした。
「噂通り綺麗だね。とっても美人だ。女性みたいな顔つきだよね」
マリウスは内なる感情を押し殺し、表情を変えないように努めた。
「神官になって成長したかな? すぐに拒否反応を示さない程度にはね」
自分の過去を知られているとマリウスは察した。
「でも、それだけじゃダメだ。パスカルは王族の側近だし、リーナちゃんも王族付きを務めていた。二人の側にいられるのは、絶対に足を引っ張らない実力者だけだ。わかるよね?」
「はい、閣下」
マリウスは深々と頭を下げた。





