372 謁見日
国王との謁見は午後十三時、白の謁見の間で行うことになった。
リーナは早めの昼食を取ったあと、身支度を始めた。
用意されたのはレーベルオード伯爵家をあらわす白いドレス。
それに合わせるのは幸せのパリュールとも言われるスズランの宝飾品だった。
化粧のあと、最後に短いベールをかぶる。
その姿は謁見に行く貴族というよりも、聖堂へ行く花嫁のようだった。
「なぜ、ベールを被るのでしょうか?」
リーナは不思議に思った。
国王と謁見するには正装しなければならない。女性はティアラを着用する。
だが、ベールをかぶることについては聞いておらず、マナーとしてつけると教わってもいなかった。
「顔を見られないためです」
レーベルオード伯爵家が養女を迎えたことが社交界で話題に上がった。
そのせいでどのような女性を養女に迎えたのかを知りたがる者が増え、野次馬が集まる可能性がある。
女性の場合は容貌に注目が集まりやすく、悪く評価されることが多い。
その対策として顔が見えにくくなるようベールをかぶることになったということが説明された。
「美人じゃなくてすみません」
「そうではないのです。本当の美醜に関係なく悪く言われてしまうのです」
「名門貴族の養女になれた幸運を妬んでのことです」
「一方的な嫉妬なのです」
「リーナ様はお綺麗ですよ!」
「そうです! 私たちが腕によりをかけてお支度をさせていただきました!」
「お化粧もしっかりしました!」
レーベルオードの侍女たちがリーナを励ました。
だが、化粧がしっかりしているからこそ、リーナは心配だった。
お化粧が濃すぎると思われたら困るし……。
そこにマリウスが来た。
「準備が終わったと聞きました」
「どうでしょうか? おかしくないですか? 化粧が濃くありませんか?」
「とても美しいです。まるで花嫁のようでので、エスコートをするとパスカル様ににらまれてしまいそうです」
「マリウス様も素敵です。剣を装備しているので、神官の時とは違った印象ですね」
マリウスが見せた微笑みに、リーナはぎこちなさを感じた。
「もしかして、容姿についていわれるのは嫌ですか?」
見抜かれた……。
リーナにわかるわけもないと思っていたマリウスは驚かずにはいられなかった。
「すみません」
「気にされる必要はありません。褒めてくださったのですから」
「でも、褒め言葉であればいいとは限りません。私の知り合いも美人だと言われていましたが、全然喜んでいませんでした」
「どうしてですか? 美人だと褒められれば、大抵の人は嬉しいと思うはずですが?」
「私の育った地域は花街に近くて、容姿がいい人は必ず褒められます。そして、必ず花街で働くよう言われるのです。花街で働きたくない人は嬉しくありません」
「そうでしたか」
確かにそのような事情があるのであれば、容姿を褒められても喜べないだろうとマリウスは思った。
「美しいことは魅力の一つですが、別のことで評価されたい人もいます。生まれつき持っているものよりも、努力や実力によって得たものを認めてほしいというか」
「そうですね」
マリウスはまさにそうだった。
幼少時代から母親似の容姿を褒められてきたが、嬉しいとは思えなかった。
男なのに女のようだと言われ、数えきれないほど嫌な思いをした。
男らしくなるために剣術を一生懸命習っても、真っ先に褒められるのは容姿について。
努力が認められない。報われない。そればかりか、男性である自分を否定されているように感じてしまった。
マリウスが成長するほど、容姿やレーベルオードという家名だけで判断する人々の数も増えていき、マリウスの中にある不満もまた大きくなっていった。
忘れなければ……。
マリウスは自分自身にそう言い聞かせた。
「今後についてですが、私に敬称をつける必要はありません。リーナ様の方が上です」
「でも、お兄様の次に爵位を継承する資格を持っているわけですよね?」
「直系の家族が最優先というのが貴族における鉄則です。私は傍系ですので、その時点で差があるのです」
マリウスは時計を見た。
「ジリアン様がお待ちです。しびれをきらしていなければいいのですが」
「短気な方なのですか?」
「機嫌が悪いことが多いので、それが通常仕様です。気にされないでください」
「大丈夫です。不機嫌そうな方には慣れています!」
リーナはセイフリードのことを思い出しながら答えた。
「遅い!」
馬車の中で待っていたジリアンは顔だけでなく言動もまた不機嫌そうだった。
「申し訳ありません。私のせいです」
リーナがそう言ったが、ジリアンが睨んだのはマリウスだった。
「マリウスが部屋まで迎えに行ったマリウスのせいだ」
「ドレスを踏まないことに気を取られ、移動がゆっくりになってしまったかもしれません」
「相変わらずの嘘つきだ。だが、王宮ではその方がいい」
「王宮に到着してからは、ジリアン様がエスコートされるとお聞きしましたが?」
「そうだ。だが、安全を考慮して護衛の同行も認められているらしい。マリウスも来い」
「私の方に連絡がなかったのはなぜでしょうか?」
「私から伝えると言った」
「なるほど。ジリアン様で止められたのですね」
「伝えたのであれば問題ない」
視線と視線がぶつかり合うような会話だったが、リーナは気にしなかった。
セイフリードとエゼルバードが言い合うのに慣れていたとも言う。
馬車が王宮に向かう間、リーナは車窓を眺めていた。
ウォータール地区から王宮に向かうには必ず門を通る。
現在もウォータール正門はレーベルオード伯爵家及びその関係者しか通行できない状態にあるため、近隣の道路も混雑していなかった。
「いい天気で良かったですね。白い馬車なので、雨だったら大変です」
「雨なら別の馬車にすればいい」
「雨ならカバーをかければいいだけです」
ジリアンとマリウスは張り合うように視線をぶつけた。
「カバーをかけても汚れる。意味がない」
「白い馬車にすると決めたのは当主です。勝手に変更することはできません」
「私はダウンリーだ。関係ない」
「リーナ様はレーベルオードです」
どう見ても仲がいいとは言えない様子だったが、リーナは慌てなかった。
「大丈夫です。心配しなくてもいい天気ですから」
リーナは優しく微笑んだあと、車窓に顔を戻した。





