365 起床時間
朝。
リーナは寝ぼけていた。
リーナは朝早くから起きて働くのが当たり前の生活をしてきたため、起きる時間さえわかっていれば、自然と目が覚めるようになっていた。
しかし、七時ではなく六時に起こされたため、頭も体も覚醒していなかった。
「……もう時間ですか?」
「予定が変更になりました。六時に起こすようパスカル様に言われております」
「……そうでしたか」
「書類にサインが必要とか。のちほど、パスカル様がお見えになられます。急いで支度を」
「……はい」
「リーナ様は何もしないでください。お任せいただいた方が早く支度できます」
リーナは自分で支度ができると思ったが、先に何もしないように言われてしまった。
眠いのもあり、召使いにお任せ状態。複数人が同時に作業をしているのをぼーっと見ていた。
確かに早いです……。
レーベルオードの召使いたちが優秀で、無駄なく動いているのがわかった。
「いかがでしょうか?」
「化粧が濃いです。衣装も立派過ぎます。もっと地味なドレスはないのでしょうか?」
召使いたちから見ればレーベルオード伯爵令嬢の身分にふさわしいドレス。
化粧もドレスとのバランスを考えると丁度良い。濃くはない。
召使たちがそう説明したため、リーナは困ってしまった。
「レーベルオード伯爵令嬢にふさわしい装いは大事です。でも、毎日こんなに立派なドレスというのはちょっと……」
そこへパスカルがやって来た。
「おはよう」
「おはようございます」
「それだけ?」
リーナは首をかしげた。
「それだけ、とはどういうことでしょうか?」
「お兄様という言葉がない」
「申し訳ありません。おはようございます、お兄様」
「そう言われると嬉しい。とてもね」
パスカルは満面の笑みを浮かべると、リーナの額に軽く口づけた。
「早速だけど、書類にサインがほしい」
「はい」
パスカルが封筒から取り出した書類にリーナはサインをしようとして確認した。
「リーナ・レーベルオードでいいのでしょうか?」
「それでいい。レーベルオードの綴りはわかる?」
「大丈夫です」
リーナはすぐにサインをした。
「いつみても美しい字だね。惚れ惚れするよ」
パスカルは間違いがないかを確認したあと、書類を封筒にしまった。
「僕は出勤する。午後には戻るからね」
「お兄様にお聞きしたいことがあるのですが、少しだけよろしいでしょうか?」
「何かな?」
「衣装とお化粧についてです。あまりにもドレスが立派で化粧も濃いと思うのですが、召使いたちはこれぐらいがいいというのです。レーベルオード伯爵令嬢としてふさわしい装いというのはこのようなものなのでしょうか?」
パスカルはもう一度じっくりとリーナを見つめた。
「確かにこれまでのリーナの装いを考えると、立派で化粧が濃いと思うのはわかる」
「ですよね!」
「屋敷にいる時は薄化粧でもシンプルなドレスでもいい。だけど、外出する時は今のような姿がいいかな。レーベルオード伯爵令嬢というか、上級貴族の令嬢らしい装いをした方がいいからね」
「わかりました」
「今日はマナーレッスンがある。王宮に行く時やお茶会に出席する練習をするなら、今のような装いの方がいい。宝飾品もつけた方がより本格的な装いで練習ができると思うよ」
リーナも召使いたちも大納得の答えだった。
「できるだけリーナの気持ちを尊重したい。だけど、上級貴族の生活をリーナは知らないだろうし、慣れてもいない。上級貴族の生活を理解するためにも、用意された装いを着たらどうかな? それも勉強になる。その上で、自分の嗜好や工夫を少しずつ加えて調整するといいよ」
「そうですね」
パスカルに相談して良かったとリーナは思った。
「じゃあ、出勤するからまた」
「いってらっしゃいませ」
リーナが見送りの言葉を言うと、パスカルはとても嬉しそうな表情になった。
「できるだけ早く帰って来るよ」
甘い魅力を漂わせながらもう一度リーナの額に口づけ、部屋を退出していく。
兄妹というより新婚の夫婦のようだと召使いたちは思った。





