363 顔合わせの晩餐会
大応接間にはレーベルオード伯爵家に仕える人々が集まっていた。
レーベルオード伯爵は養女にしたリーナを紹介し、嫡子同等の家族として扱うことを通達した。
一回だけだとリーナは思っていたが、顔合わせは人を入れ替えて三回行われた。
それでも勤務等の都合があって全員ではない。
リーナはレーベルオード伯爵家に仕える者の多さに驚くしかなかった。
顔合わせが終わるとリーナは東棟の三階にある部屋に案内され、自室についての説明を受けた。
リーナに直接つく者や部屋につく者を紹介されたあとは大食堂で行われる晩餐会に備えて着替えることになった。
「突然養女を迎えるなんて驚いたわ」
「もしかして、パトリックの隠し子?」
晩餐会が始まった途端、リーナをジロジロと見つめながら親族の女性たちが質問した。
「黙れ。くだらない噂に惑わされるな」
レーベルオード伯爵の一言で大食堂は静かになった。
当主の命令は絶対だけに、誰もが無言で食事を続けた。
頃合いを見計らってパスカルがリーナに話しかけ、マリウスを引き込んでリーナが気まずさを感じにくくなるよう配慮した。
食事のあとは、本来食事の前にするはずだった親族の紹介がパルカルによって行われることになった。
「僕の祖父には妹がいた。すでに他界してしまっているけれど、ケイヴァーン侯爵家に嫁いで娘を二人産んだ。父上のいとこになる」
晩餐会で注意された親族の女性たちのことだった。
「長女はランズル伯爵家、次女はエンディーロ伯爵家に嫁いだ。それぞれ伯爵夫人になっていて、娘が一人いる。マーガレットとアンリエッタだ」
ケイヴァーン侯爵位は男子のみの継承が条件だったため、直系でも娘が継承することはできなかった。
傍系の男性が爵位を継ぐことになり、継承時に揉めたこともあって疎遠になっている状態。
長女と次女は母親の実家であるレーベルオード伯爵家を親族として頼っていることが説明された。
「マリウスについてもあらためて説明する。家名はレーベルオードだ。僕の次にレーベルオード伯爵位の継承権を持つのはマリウスの父親になる。でも、高齢だから、現実的に考えるとマリウスが次位になる」
パスカルはにこやかな笑顔を浮かべた。
「祖父の妹は嫁ぐ時にレーベルオードに関する権利を全て放棄している。だから、父上のいとこたちには爵位や財産を受け継ぐ資格がない。でも、一応は血族だけに配慮はしている。父上や僕の意向次第だけどね。だから、はっきりと言っておく。リーナをレーベルオード伯爵令嬢だとして大切にするように。軽視は許さない」
「軽視なんてしないわ。レーベルオードの直系家族に加わった一員だもの」
「直系家族が最優先。たとえ、養女でもね。当然のことだわ」
「娘たちにもよく伝えておくように」
パスカルの視線はマーガレットとアンリエッタに向けられた。
「リーナは僕の大切な妹だ。わかるね?」
「はい」
「わかりました」
マーガレットとアンリエッタは答えたが、その表情は明らかに不本意そうだった。
「もっときちんと返事をしなさい! レーベルオード伯爵家に失礼になってはいけないのよ!」
「その表情ではダメよ! 高貴でにこやかに振る舞うの。いつも注意しているでしょう!」
注意された娘たちの表情はすぐにうんざりとするようなものになった。
「マーガレット! その態度は何なの! ここはレーベルオード伯爵家の大食堂なのよ! ふさわしくなさい!」
「ここで食事をすることができるのはとても名誉なことなのよ! 表情もマナー違反の対象になるって言っているでしょう!」
「静まれ」
レーベルオード伯爵が言うと、誰もが口を閉じて静かになった。
「リーナはレーベルオード伯爵家の正式な一員であり、序列は三位だ。そのことを正しく理解できない者はレーベルオードへの立ち入りを禁じる。礼儀作法についてもしっかりと学ばせるように」
注意として受け取ったいとこたちの表情は一気に変わった。
「わかっているわ。でも、夫や義父母が甘やかすから困っているの」
「私のところも同じよ。一人娘だから婿養子を取ることになるでしょう? むしろ、尊大な態度でないと、婿に負けると言うのよ」
「最初から勝負はついているわ。婿の時点で負けでしょう? 爵位がないということだもの」
「そうよ! 娘をないがしろにしたら、離婚させて追放だもの。でも、だからといって娘がやりたい放題では面目が立たないわ!」
またもやいとこたちが大声で話し始めると、レーベルオード伯爵の眉間にしわが寄った。
「晩餐会とリーナの紹介はここまでにする。ランズルとエンディーロにリーナのことを正しく伝えておけ」
「しっかりと伝えておくわ!」
「任せておいて! だから、お小遣いは止めないで!」
「二度も言わせるな」
いとこたちは深々と一礼すると、娘を連れてすぐに部屋を退出した。
「ようやく静かになった」
レーベルオード伯爵はそう言うと、ソファの背に深くもたれかかった。
「父上、僕とリーナは」
「全員座れ」
退出願いをする前に、命令が発せられた。
パスカル、リーナ、そしてマリウスは空いている席に座った。
「明日の予定について通達する。屋敷にはリーナへの挨拶をしに来る者や伝令が来るだろうが、私の方で対応する。リーナはマナーレッスンだ。パスカルはいるのか?」
「午前中はいません。リーナに関する書類を提出しに行きます。午後は休みを取っています。できるだけ早く戻るつもりです」
「明後日の午後、国王陛下との謁見がある。リーナを養女にしたことを報告するためだが、私とパスカルは勤務のため先に王宮へ行く。リーナは時間に合わせて王宮に来い」
「内務省に行けばいいのでしょうか?」
マリウスが場所を確認した。
「パスカル、部屋はどうした?」
「赤の第二控室を抑えました。午後であればいつでも使用できます」
「第一ではないのか?」
「宰相用です」
レーベルオード伯爵は不機嫌な表情になった。
「宰相は陛下に同行する。控室は必要ない」
「そう思ったのですが、無理でした」
「王太子の側近もたいしたことがない。第二なら私でも抑えることができる。第一を抑えたいからこそ、お前に任せたのではないか」
「申し訳ありません。その代わり、白の第一控室を抑えました」
「赤の謁見の間だというのに、白の控室を抑えてどうする」
「何らかの事情で赤の謁見の間が利用できなくなるかもしれません。そうなれば、白の謁見の間になります」
「何らかの事情がありそうか?」
「王太子殿下はリーナを目立たせたくないため、陛下に謁見する部屋の件で変更を提案する予定です」
赤の謁見の間で謁見が行われるため、レーベルオード伯爵家が赤の第二控室を抑えていることが伝わると、野次馬は赤の謁見の間や赤の第二控室の方に行く。
しかし、実際は白の謁見の間で行うことにすれば、野次馬との遭遇を回避できることが説明された。
「国王陛下の判断次第ですが、野次馬の肩を持つわけがありません」
「よくやった」
レーベルオード伯爵は息子の対応に満足した。
「では、待ち合わせは白の第一控室だ」
「変更がなかった場合は赤の第二控室に移動することになります」
「変更される。レーベルオードの色は白だ。白の謁見の間の方がふさわしい」
「僕もそう思っています」
「陛下との謁見の後は王妃の茶会がある。女性のみの茶会のため、リーナだけしか出席できない。だが、飛び込みで顔を出す者たちがいるらしい」
「ご存じなのですか?」
「第四王子も来るのか?」
「というと、別の者ですか?」
「第二王子と第三王子だ」
パスカルは父親が王子たちの行動に関する情報を仕入れていることに驚いた。
「どこから情報を仕入れたのですか?」
「それよりも、王太子は来ないのか?」
「父上と話をする予定になっています。無理でしょう」
レーベルオード伯爵は少しだけ考え込んだ。
「王妃を牽制するためにも、私が迎えに行く。王太子との話は早めに切り上げる」
「わかりました」
レーベルオード伯爵とパスカルとで打ち合わせが続いたため、ただ座っているだけのリーナは眠気を感じた。
「リーナ」
突然名前を呼ばれたリーナはびくりと体を震わせた。
「はい!」
「眠いのか?」
レーベルオード伯爵の問いに、リーナは恐る恐る答えた。
「申し訳ありません。疲れてしまって」
「謝る必要はない。遠慮せずに言えばよかった。家族だろう? パスカル、リーナを部屋まで送れ」
「言われなくてもそうします」
パスカルは優しく微笑みながら手を差し出した。
「待たせてしまったね。行こうか」
「はい」
パスカルにエスコートされ、リーナは自室に戻った。





