362 レーベルオードの当主
ドアの先には豪華な応接間があり、一人用の椅子に座った男性と、ソファに座った女性と男性がいた。
「やっと来たか」
一人用の椅子に座っていた金髪碧眼の男性は立ち上がると、鋭い視線をリーナに向けた。
「私はパトリック・レーベルオード。レーベルオードの当主であり、パスカルの父親だ。敬意を払うように。挨拶はいらない。パスカルの紹介についても省く」
レーベルオード伯爵はきびきびとした口調でそう言うと、ソファの前に立っている男女に視線を移した。
「前ダウンリー男爵夫人アマンダとその息子でダウンリー男爵のジリアンだ。私の婚約についてパスカルから聞いているか?」
「はい。大まかには教えられました」
リーナが答えると、レーベルオード伯爵が説明を続けた。
「私とアマンダの婚約は政略的な理由によるものだ。ジリアンが成人するまでのつもりだったが、諸事情により延長している。婚約を解消することはすでに決定しているため、アマンダとジリアンのことは特殊な事情がある関係者として考えるように。二人は家名が示す通りダウンリー男爵家の者だ。レーベルオード伯爵家の者ではない」
「はい」
「秘書のアマンダはともかく、ジリアンをリーナに紹介する意味があるのですか? ほぼ会うことがない気がします」
パスカルはダウンリー男爵家の二人との顔合わせについては消極的だった。
「リーナの世話役がいる。私やお前は忙しい。アマンダもかなりの仕事を抱えている。そこでジリアンに担当させてみることにした」
「その必要はありません。マリウスを呼び戻しました」
レーベルオード伯爵の視線が一瞬だけ後ろに控えているマリウスに注がれた。
「では、二人をつける。近況や王都の状況についてはジリアンの方が詳しい。現時点におけては筆頭だ」
「では、そのように」
「確認するが、マリウスは神官を辞めたのか?」
「そうです。戻ってほしいと伝えたところ、応えてくれました」
「お前の補佐役にしなくていいのか?」
「リーナの側には信用のおける者をつけたいと思いました」
「そうか。役に立つのであればいい。ところで、リーナのお披露目について何か聞いているか?」
「いいえ。まずは国王陛下との謁見を無事終わらせるようにとのことでした」
パスカルは王太子から受けた指示について話した。
「王妃様のお茶会にも招待されますので、くれぐれも注意するようにと」
「だろうな」
「お披露目については確認します」
「私が直接確認する。リーナが王妃の茶会に出席している間、王太子殿下と会うことになった」
「聞いていませんが?」
「決まったばかりだ。伝令が来た」
「そうでしたか」
「細かい話は後にする。これから当主としてリーナの扱いに関する正式な通達をする」
リーナは養女であるため、レーベルオード伯爵位の継承権はない。
レーベルオード伯爵家の財産分与もない。
但し、その生活は生涯保証され、婚姻する場合はレーベルオード伯爵令嬢の身分にふさわしい持参金が与えられる。
つまり、生涯に渡る生活保障と結婚する時の持参金が実質的な財産分与になる。
レーベルオード伯爵家における序列は第三位。嫡子同等、家族として扱う。
軽視を防ぐため、血族ではないことをあらわす『養父』や『義兄』などの呼称は使用しない。『養女』という言葉についても極力使用を控える。
レーベルオード伯爵は淡々とした口調で伝えていった。
「ここまでは理解できたか?」
「大丈夫だと思います」
緊張もあってリーナの声は小さく、その表情は不安そうだった。
「それではダメだ。曖昧な返事はよくない。理解できたかどうかで答えろ」
「理解できました!」
リーナが慌てて言い直すと、パスカルはため息をついた。
「父上、それでは強制的に言わせているも同然です。娘に対してはもう少し優しく接するべきでは?」
「レーベルオードとしてふさわしい言動になるよう努めなくてはいけない。自信ある言動が望ましい。ノースランド公爵家では人形のように扱われていた。そのようになっては困る」
「ロジャーと話をしたのですか?」
「ノースランド伯爵夫人と話した」
「いつですか?」
「行儀見習いについて話をした」
父親がかなり早い段階から情報収集をしていたことをパスカルは知った。
「父上はいつからリーナのことを知っているのですか?」
「教えても意味はない。だが、お前が考えているよりは早いだろう。一度に多くを伝えてもわかりにくい。取りあえずはここまでにする。しばらくの間はこの屋敷にいるため、何かあれば当主としても父親としても相談に乗る。遠慮なく言ってほしい」
「しばらくの間というのはどの程度ですか?」
「状況次第だが、お披露目をするまではできるだけここにいるつもりだ」
パスカルは驚いた。
「では、数日だけではないということですか?」
「娘のことをよく知るためには、同じ屋敷で過ごした方がいいと判断した」
「通勤時間がかかります。よろしいのですか?」
「ウォータール地区から王宮へ通勤する者はそれなりに多い。許容範囲だ」
「道が渋滞します」
「交通規制をかける」
「父上にはそのような権限があるのですか?」
「お前は自分の父親の力を見くびっているのではないか? 王族の側近になったことが原因であれば、すぐに改善しなければならない」
「違います。交通規制をかけるのであれば、国土省の力が必要ではないかと思ったのです。それとも王都警備隊に協力要請をするのですか?」
「別の方法がある」
「どのような方法を?」
「ウォータール正門は点検等の事由により封鎖、許可のない者は通行できないことにする。他の門に馬車が流れるため、私は正門を通ってスムーズに移動できるだろう」
ウォータール地区は町だった頃の名残りで、地区全体を取り囲む壁がある。
隣り合う地区に行くには、必ずどこかの壁門を通らなくてはならない。
王宮へ向かう最短ルートはウォータール正門を通るルートだが、正門が封鎖されているのであれば別の門を使わなくてはならない。
別の門へ向かう道路の交通量が増え、正門につながる道路の交通量が減る。
レーベルオード伯爵は正門を通過できるため、混雑していないルートを通って王宮に向かうことができる。
但し、これはウォータール地区の地主がレーベルオード伯爵家であり、その特権を利用することで可能な方法でもあった。
「ウォータール正門はレーベルオードだけが使用できる門だった。他の門が混雑しないように解放していたが、一時的に元に戻すというだけだ。いつでも自由にできる」
「ウォータール・ハウスからの通勤でもいいなら、フラットは必要ないのでは?」
「フラットの方が圧倒的に近い。父上が外務大臣になった記念として購入した場所でもある。大事にしたい」
「そうですね」
「次の予定に移行する」
レーベルオード伯爵、ダウンリー男爵家との顔合わせは終了になった。





