361 ウォータール・ハウス
リーナが驚いたのは屋敷だけではなかった。
正面玄関の側に大勢の人々が整然と並んでいた。
「おかえりなさいませ」
挨拶をしたのは騎士のような制服を着用した者だった。
「妹のリーナだ。レーベルオードで最上位の女性になる。そのことを全員が正しく把握し、ふさわしく対応するように徹底させろ」
「そのような当主命令が出ております。ご安心ください」
「この者はクレールだ。ウォータール・ハウスの警備隊長をしている。屋敷と敷地を警備しているのはレーベルオードの私兵団だ。公園の警備については公園警備隊とウォータール地警備隊が合同で担当している。制服を覚えておくといいよ」
リーナはクレールの制服をじっくりと見た。
制服は緑色でスズランの紋章が胸の部分に刺繍されている。
「レーベルオードの色は白ですが、私兵団の制服は緑なのですね」
「レーベルオード伯爵家の白はスズランの花の色だ。護衛は葉の色をあらわす緑になっている」
「スズランの葉の色でしたか」
「公園警備隊は黄色、ウォータール警備隊は水色の制服だ。気を付けてほしいのは、どれも王都警備隊とは別の組織ということかな」
王都全体の警備は王都警備隊が担っており、状況に応じて国軍も治安維持活動をしている。
ウォータール地区については独自の警備組織としてのウォータール警備隊があり、王都警備隊や国軍と協力しながら地区内の安全確保と治安維持活動をしている。
「ウォータールが町だった頃にウォータール警備隊が作られた。王都に編入されたあとも、有名な場所だけに犯罪者に狙われやすいという理由で警備組織がそのまま残っている。地区内においては警察権があるから、王都警備隊と同じだよ」
「他の地区よりも厳重な警備をしているということですね」
「その通りだ。じゃあ、中に入ろうか」
立派な扉を入ると広間があり、黄金色の扉が目に映った。
「また扉が! しかも、金色です!」
「先祖が結婚祝いとして王族からいただいた特別な扉だよ。歴史的価値もかなり高い。この先がホールだ」
黄金色の両扉が開けられた先に広がるのは、名門貴族の本邸らしい大ホールだった。
「パスカル様、リーナ様、おかえりなさいませ」
代表者らしき者がそういって頭を下げると、出迎えのために整列した召使いたちも一斉に頭を下げた。
「すごい人数です……」
「リーナが子どもの頃にもこういった出迎えはなかった?」
「お父様を出迎える時には召使いが並んでいましたけれど、もっと少なかったです」
「そうだったのか。父上は?」
パスカルが家令長に尋ねた。
「大応接間にいらっしゃいます」
「わかった」
リーナはパスカルに手を引かれる形で廊下を移動することになった。
後宮で働いていただけに宮殿の廊下や部屋を毎日のように見ていたが、ウォータール・ハウス内は後宮とは違った雰囲気がある。
重々しい感じがするのはいかにも名門貴族の屋敷らしく、リーナの緊張は高まるばかりだった。
「リーナ、緊張している?」
「はい。今まで見たことがないようなお屋敷です」
「そうだね。普通はもっとスッキリしている。この屋敷は装飾だらけだ」
パスカルは苦笑した。
「元々はレーベルオードを象徴する白い大理石をふんだんに使ったシンプルな内装だったらしい。でも、歴代の当主が変えてしまった。改装したせいもあるけれど、贈り物を飾っているからでもある」
パスカルは上を見上げた。
「この廊下にあるシャンデリアも贈り物だ。スズランの飾りがついていて、百個ある」
「百個も? また王族からの贈り物ですか?」
「領民からの贈り物だ。それだけ領民に慕われていた証だね。でも、領地にある城の中ではなくて、ウォータール・ハウスに飾ることにした。王都にいても領民のことを思い出せるようにね」
「なるほど」
「いずれ屋敷の中を案内させるよ。そういう話がたくさんある。僕は子どもの頃から聞いているけれど、リーナが覚えるのは大変かもしれないね」
パスカルは立ち止まった。
「ここが大応接間の扉だ」
「また黄金の扉です!」
「これも王家からいただいた」
「すごいものばかりがありそうです」
大応接間はその名称に相応しいかなりの広さだった。
天井も高い。
上座になる方には段差がある場所があり、その上に三つの椅子が設置されていた。
「普通の応接間ではなさそうです」
「ここは謁見用の部屋だ。壇上にある椅子にはレーベルオード伯爵家の者が座る」
「三つです。私の椅子もあるのでしょうか?」
「そうだよ。以前は二つだったけれど、ちゃんと増えている。正式な一員として認められている証拠だ」
「嬉しいです。光栄というべきでしょうか。でも、あの席に座ったらそれこそ緊張してしまいそうです」
「滅多に座る機会はないと思うけれどね。父上がいない。控えの間にいそうだ」
パスカルは上座にある檀上の方へ向かうと、護衛として付き従っていたクレールが控えの間につながるドアを開けた。





