360 ウォータール
レーベルオード伯爵家の本邸は王都の中心から離れた場所にある。
古い時代には王宮の側に本邸を構えていたが、王宮地区の敷地を拡張するために手放すことになった。
別邸も王都の再整備のために手放すことになったため、王家は当時の王都外にある広大な土地と交換することにした。
新たに手に入れた土地は自然と農地ばかりの不便な場所だったため、レーベルオード伯爵家は邸宅だけでなく町も作ることにした。
新しい町は美しいと評判で、王都よりも割安な家賃と新たな働き口を求める人々が殺到し、多くの商人が一旗揚げるために店を構えた。
また、レーベルオード伯爵家と懇意にしていた貴族、その貴族に仕える者も次々と移り住んだ。
その結果、レーベルオード伯爵家が手に入れたウォータールの土地は急速に発達し、時代の経過と共に拡張した王都に取り込まれたあとも、有数の一等地として名を馳せていた。
「本邸はウォータール地区にあって、ウォータール・ハウスと呼ばれている。王都内に複数の住居を所有しているのもあって、固有名称で区別している」
リーナが覚えておく名称は本邸であるウォータール・ハウス、通勤用住居のフラット、領地や事業関連の事務所になっているレーベルオード・ハウス、ダウンリー男爵家が使用しているアリュール・ハウスの四つであることが伝えられた。
「レーベルオード伯爵は前ダウンリー男爵夫人とその息子の面倒を見ていると聞きました。同居されていないのですか?」
「僕の方から話しておく。父上は前ダウンリー男爵夫人のアマンダと婚約している。でも、いずれ婚約は無効になるから、家族として扱うことはない。特殊な関係者だと思ってほしい」
レーベルオード伯爵家は複雑な事情を抱えている。
それについては余計な口出しはしないでほしいと説明されていた。
「現在のレーベルオード伯爵家の人数は三人。当主の父上、跡継ぎの僕、そしてリーナだ。今の順番が序列でもある。だから、レーベルオードで最も高い序列の女性はリーナだ」
「私が一番上ですか?」
リーナは聞き返した。
「前ダウンリー男爵夫人では? レーベルオード伯爵の婚約者ですよね?」
「ダウンリーの二人はレーベルオードの庇護下にあるけれど、レーベルオードの者ではない。家名通りダウンリーの者ということになる。部外者だ」
前ダウンリー男爵夫人のアマンダはレーベルオード伯爵の秘書を務めている。
秘書として屋敷の者に指示を出すことがあっても、婚約者として指示を出すことはないことも説明された。
「前ダウンリー男爵夫人のことはアマンダと呼べばいいよ。父上の秘書としてね。僕はそう呼んでいる」
「私は養女です。それでも大丈夫なのでしょうか?」
「養女であってもレーベルオード伯爵家の正式な一員だ。ウォータール・ハウスは自宅になる。遠慮しなくていいよ」
「ありがとうございます。でも、難しい気がします」
「少しずつ慣れていけばいいよ」
パスカルは優しく微笑んだ。
「今日は父上や関係者と顔合わせをして、レーベルオードについての簡単な説明をする。夜には内々の晩餐会がある。家族、同居人、親族が集まるから」
「親族の方にも会うのですか?」
リーナは緊張した。
「マリウスも親族として同席する。レーベルオードの親族は家系図を見るとそれなりにいるけれど、近い血縁者は少ない。数人だけしかいないから大丈夫だよ」
「そうなのですね」
「明日は王都に戻ったことを王太子殿下に報告する」
王太子という言葉を聞いたリーナは一瞬体を震わせた。
「リーナはすでに作成してある書類にサインしてもらう。提出や報告は僕がするから、リーナはウォータール・ハウスでマナーレッスンを受けてほしい。明後日は国王陛下に謁見して養女に迎えたことを報告する。そのための予行練習がある」
「はい」
「謁見のあと、王妃様が主催するお茶会にも顔を出して挨拶することになった。そのための練習もする」
「……はい」
「ところで、旅行の方はどうだった? ジェフリーと話す前に聞いておきたい」
「わかりました」
レールスを離れたあとがどうだったのかをリーナは詳しく説明した。
その間にも馬車は進んでいたが、突然停止した。
「ウォータールの門だよ。これからウォータール地区に入る」
リーナは窓から外の景色を見た。
「ウォータールは王都外の町だったから、野生動物を町に入れないための柵があった。町が豊かになると犯罪を防ぐための防壁に変わった。出入りするにはどこかの壁門を通らなければならない。今も同じだ」
馬車が門をくぐると、そこは広場になっていた。
馬車は広い道路を進んで行くが、その街並みを見たリーナは驚かずにはいられなかった。
「とても綺麗です!」
道路は馬車用と歩行者用を分けるために段差がつけられており、その幅はこれまでに取った道路の二倍以上ある。
しかも、全てが石畳で綺麗に舗装されていた。
道沿いにある景色は整然としており、かなりの高さがある白い建物がずらりと並んでいた。
建物と調和するような植え込みや花壇が多くあり、街の中であっても自然を感じられる。
王都有数の一等地らしい美しい街並みだとリーナは感じた。
やがて、馬車は大きな鉄製の門を通って柵に囲まれた場所に入った。
「お屋敷の敷地に入ったのでしょうか?」
「まだだよ。ここからは公園だ。ウォータール・パークと言う」
「公園?」
「この公園に常時入れるのは限られた者だけで、プライベートな空間と安全を確保している。一般開放日もあるけれど、指定日だけで入場料が必要になる」
「公園に入るのにお金がかかるのですか?」
リーナは驚いた。
「王都内には有料の公園が結構ある。公園の維持管理や整備に費用がかかるから、その一部を入場料で賄っている。ほとんどは地区で出しているけれどね」
「公園にかかる費用の負担を軽減するための方法なのですね」
「平民は無料の公園を利用するだろうけれど、貴族は有料の公園を利用する。入場料を取るということは管理人や門番がいて管理しているということだ。安全性が高い」
「そうですね」
「見えてきた」
装飾的で立派な門があった。
「今度こそ、お屋敷の敷地に入る門ですか?」
「そうだよ。レーベルオード伯爵家の功績を称えて、先祖が当時の国王陛下から贈られた門だ。あの門をくぐると、ウォータール・ハウスの敷地に入る」
門をくぐると広場があり、続く道を進んで行くとその先に屋敷がある。
ようやく正面玄関口の前に馬車が到着し、パスカルにエスコートされてリーナは馬車を降りた。
「ようこそ、ウォータール・ハウスへ!」
パスカルが微笑みながらそう言ったが、リーナは違うと思った。
どう見ても、宮殿です……。
壮麗な建物がそびえ立っていた。





