359 レーベルオード伯爵家へ
リーナは王都に戻って来た。
馬車が向かうのはレーベルオード伯爵家。
リーナはそのことを知って驚いたが、旅行先から実家に戻るというのは普通のことだった。
「レーベルオード伯爵家のお屋敷はどんなところなのか……」
マリウスから教わった内容によると、レーベルオード伯爵家はエルグラード建国時からの貴族で、名門と呼ばれるのにふさわしい歴史と輝かしい功績がある。
レーベルオード伯爵領を治めているだけでなく、隣に位置するヴァーンズワース伯爵領も管理しており、広大な私有地も複数所有している。
当主であるレーベルオード伯爵は官僚として内務省に勤務しており、王都内に複数の住居を構えているということだった。
「ここですか?」
馬車が停まったのは大臣通りと呼ばれる通りに面した縦長の建物の前。
屋敷と言われるようなものではなく、高級な集合住宅に見えた。
「ここは王宮に通勤するためにある住居です。フラットと呼ばれる集合住宅で、玄関や階段などは共有ですが、各階ごとに違う者が住んでいます。レーベルオード伯爵は三階、四階にパスカル様が住んでいます」
「どうして親子なのに別々の階に住んでいるのですか?」
「屋敷の主人になる経験を積むためです」
当主になってから学ぶのでは遅いため、跡継ぎが成人になると自分の住居を与えられて勉強することが説明された。
「同じ建物の上と下ですので、何かあればすぐに親子で会うことができ、管理や決済について相談することもできます」
「そうなのですね」
「馬車を降りないのですか?」
メイベルが尋ねた。
「ドアが開くまで待ちます。ドアを開ける役目の者がいるのですが、その者が開けないということは何かしら理由があります。安全ではない可能性もありますので、慎重さが必要です」
やがて、馬車のドアが開いた。
先にマリウスが降りると、
「マリウス! 元気そうだね」
パスカルの声が聞こえた。
「まあまあです」
「応えてくれて嬉しいよ。どうしてもマリウスに戻ってほしくてね」
「わかっています。私にできることであれば、遠慮なく言ってください」
「そのつもりだよ」
パスカルは馬車から降りたリーナを見ると、嬉しそうな表情を浮かた。
「おかえり」
パスカルに抱きしめられたリーナは驚き固まるが、なんとか挨拶だけはしようと思った。
「……ただいま戻りました。お兄様」
パスカルの表情は甘い魅力を漂わせていた。
「疲れているだろうけれど、すぐに移動しなければいけない。ここは通勤用の別邸だから、本邸の方に行く」
本邸という言葉を聞いたマリウスは身構えた。
「レーベルオード伯爵もいらっしゃるのですか?」
「当然だよ。妹を正式に迎えないとだからね。マリウスはついでかな」
「それは何より」
マリウスは苦笑したが、リーナは不安げな表情になった。
「レーベルオード伯爵に挨拶するのですよね?」
「大丈夫だよ。僕がいる」
パスカルは安心させるように微笑んだあと、メイベルとヴォルカーに顔を向けた。
「妹が世話になった。感謝する」
「もったいないお言葉です」
ヴォルカーは深々と頭を下げた。
「お預かりした神殿長への書簡は渡せませんでした。重要なものですので、すぐにお返ししたいのですが?」
「今日は急ぐ。明日にしてほしい。伝令を出す」
「わかりました。では、明日までお預かり致します」
リーナとマリウスは早速パスカルと共にレーベルオード伯爵家の馬車に乗り換え、レーベルオード伯爵家の本邸に移動することになった。





