355 国王と王太子の親子
翌日、クオンは朝早く起床し、父親と話し合う時間を確保した。
国王と王太子の話し合いは執務室や会議室などの公的な部屋で行われるのが常だが、今回は国王の私室で行いたいことをクオンは事前に伝えて了承を得ていた。
「眠い」
早速本音を吐露する父親に、息子も早速本音を伝えることにした。
「リーナ・レーベルオードを妻にしたい」
「いきなりだな。まあ、座れ」
エルグラード国王であり父親であるハーヴェリオンはそう言うと、息子に相対するソファに座った。
「私室で話をしたいということは、親子として話し合いたいということだ。まずは父親である私の話を聞け」
「わかった」
「人生には思い通りにいかないこともある」
嫌な予感しかしない……。
クオンはそう思いながら冷静さを保つよう自身に言い聞かせた。
「私は生まれた時から王太子だった。立派な国王になるために勉強しろと言われ、歳が近い弟と比べられた。同じ状況にある息子の気持ちを理解できる。だが、私の方が大変だった。子どもの時に国王になったからだ」
「それで?」
「知っていると思うが、私には心から愛する女性がいた。リエラだ」
リエラは平民だけに妻にするのは難しいと思われたが、当時の宰相がアンダリア伯爵家と話しをつけて養女にした。
リエラは伯爵令嬢として貴族になり、そのおかげで側妃にすることができた。
望むのは愛する女性と過ごす平穏な日々。
だが、王宮や後宮には王位や政治、権力を争う人々で溢れていた。
「私はリエラの産んだ子どもを跡継ぎにしようと思っていた。側妃の産んだ子どもであっても嫡子だ。王位継承権がある。だが、リエラは死んでしまった」
「病死だと聞いた」
「醜聞を避けるために病死扱いになっただけだ。実際は違った」
リエラの死については誰もが口をつぐみ、何も教えてくれない。
そこで、リエラの義理の兄にあたるラグエルドに取引を持ち掛け、内密に調べさせた。
「ラグエルドが調べた結果、不審死だとわかった。内部通達では自殺だったが、状況から考えると他殺の可能性があった。他殺だと犯人を探さなければならないだろう?」
「当然だ」
「リエラは弟の部屋で死んでいた。弟は何も知らないと言ったようだが、公になれば大醜聞だ。母は弟を溺愛していたため、当時の宰相と取引をして内部通達を自殺、公式発表を病死にした」
ハーヴェリオンにとってリエラは心から愛する女性であり、かけがえのない妻だった。
しかし、周囲にとっては違う。
傀儡の王のために用意された女性。しかも、元平民。その存在も命も軽視された。
結局、王家を守るためという大義名分に敵うわけもなく、王太后と宰相によって都合よく処理された。
「私はリエラの死を無駄にしたくなかった。だからこそ、国王としての権力を取り戻し、全てを闇に葬ろうとした者に復讐した。だが、一度失われてしまった命は戻らない」
ハーヴェリオンは息子をまっすぐに見つめた。
「愛する女性を妻にしても、幸せになれるとは限らない。愛する女性を危険に巻き込み、命を失ってしまうこともある。私はそれを知っているからこその答えがある」
部屋が沈黙した。
その沈黙を破ったのは父親の方だった。
「息子に同じような想いをさせたくない。リーナ・レーベルオードを妻にすることに反対する。妻にしないことでその命を守り、別の者と幸せになれるように導いてやれ。私からは以上だ。お前の話を聞こう」
ハーヴェリオンは息子の話に耳を傾けることにした。





