352 第四王子と側近
セイフリードが要塞に来たという知らせを聞いたパスカルは、会議を途中で抜け出した。
応接室に通されたセイフリードは、とても不機嫌そうな表情だった。
パスカルは頭を下げるだけでなく片膝をつき、自分がホテルにかけつけることができなかったことを謝罪した。
「申し訳ございませんでした」
「時間がない。パスカルとだけ話す」
セイフリードの言葉を受け、側に控えていた護衛騎士がすぐに部屋の外に退出した。
「緊急の用件でしょうか」
「エゼルバードが来た」
セイフリードとエゼルバードは同じホテルの同じ部屋だけに、全く顔を合わせないようにするのは難しい。
言い合いのような事態が発生したのかもしれないとパスカルは予測した。
「問題となるようなことがありましたでしょうか?」
「突然、二人だけで話をすると言い出した。リーナが兄上のものではなくなったら欲しいかと聞かれた」
パスカルは眉をひそめた。
「リーナは兄上の恋人だ。変更があったとは聞いていない。恋人関係は継続中のはずだ。違うか?」
「違いません」
「兄上とリーナの恋人関係が再検討されることについて、エゼルバードは知らないはずだろう? 兄上がリーナを側に呼ばなかったせいで思うことがあったのかもしれないが、情報が洩れているのかもしれない。確認しろ」
パスカルはセイフリードをまっすぐに見つめた。
「セイフリード王子殿下は、恋人関係の情報について、誰からお聞きになられたのですか?」
「リーナに聞いた。兄上と何があったか全部白状させた」
「そうですか」
推測通りだと思いながらパスカルはため息をついた。
「僕は兄上がリーナを寵愛していることを邪魔する気はない。だが、兄上がリーナを切り捨てるのであれば、拾う気でいる。リーナにもそのことは伝えた。僕に仕えれば無職にはならないと」
「……では、侍女として側に置かれるということでしょうか?」
「来年、僕は成人する。人員が増えるだろうが、信頼できそうな者がいい。リーナはまだまだ未熟だが、信用はできる。そのことを評価するのは当然だろう?」
「当然です」
パスカルは冷静に第四王子の側近として答えた。
「お前が僕の側近である関係で、リーナが第四王子付きの侍女として正式に任命されるのは普通だろう。むしろ、僕の側に置くため、レーベルオードがリーナを養女にしたと思われているはずだ」
「詳しい事情を知らないほとんどの貴族はそう思っているのではないかと」
「兄上もリーナをどのように扱うかは難しいと思っているはずだ。王太子付きにするのも、恋人としての立場を公にするのも時期尚早だということで僕付きに戻した」
パスカルも同じように考えていた。
「別行動にしたのも、外交使節団に同行した女性として注目されないようにするためだ。ただの侍女だというのに、貴族であることや一時的に侍女官にしたことで名簿に名前が載るのはおかしい」
「その通りではないかと」
「成人に向けて僕も担当する執務について考えていかなければならない」
セイフリードの本音としては会計監査を主体とするような執務、財務統括になりたい。
エルグラードとは全く違う異国との外交を担当することにも興味があるが、エゼルバードの非公式な担当とかぶる。
「検討の段階を出ないが、福祉担当でもいいと思っている」
「福祉ですか?」
意外だとパスカルは思った。
「エゼルバードが関わる分野だが、力を入れているわけではない。芸術文化、教育、外交よりも調整しやすいだろう?」
「そのように感じます」
「リーナは元孤児だ。そのような者を名門貴族であるレーベルオードが突然養女に迎えるのはおかしい。何かあると勘繰る者が大勢いるだろう。だが、僕が福祉関係の執務に興味があるため、孤児院育ちのリーナを僕付きにすることにした。レーベルオードもそれで養女にしたというのはどうだ? おかしくないだろう?」
「そうですね。理由として納得がいきます」
「エゼルバードは兄上に配慮しているが、本当はリーナの管轄権が欲しい。兄上が手放した時に備え、何か手を打っておくようなことを言っていたレーベルオードにも関わることだけに、注意と対策が必要だろう」
「わかりました」
パスカルは頷いた。
「もう一つ確認させていただきことがあるのですが?」
「なんだ?」
「殿下はリーナに特別な感情をお持ちなのではなく、王太子殿下のため、ご自身の都合のために側に置かれたいと思っているのでしょうか?」
「それ以外に何がある?」
セイフリードは呆れたような表情をした。
「僕がリーナに対して特別な感情を持っていると思うのか? くだらない」
「くだらないでしょうか? 信頼できる者に対して、それ以上の感情を持つようになるのは自然だと思いますが?」
「余計なことは考えるな。お前もリーナも僕に一生仕えればいい。ただ、それだけのことだろう? もちろん、兄上の許可が出ればだ。成人すれば、僕の世界は嫌でも広くなる。僕を守るための力を僕自身で揃える必要もあるだろう。その中に入っているだけの話だ」
「光栄です。私につきましては、期待に応えられるように真摯に努めます」
リーナを巻き込みたくはない。
そう言っているようなパスカルの言葉に、セイフリードはため息をついた。
「妹を溺愛する兄でもいい。だが、現実を見ろ。リーナはすでに渦中だ。ミレニアスやインヴァネス大公家からも守らなければならないだろう?」
パスカルは肯定のため息をついた。





