351 第二と第四
「兄上と同じ宿泊場所でないばかりか、セイフリードと一緒とは……」
エゼルバードは不機嫌だった。
要塞に宿泊できる人数は限られているため、レールス市内の最高級ホテルに宿泊するのは、ミレニアスへ行く前と同じだけに理解できる。
ところが、前と同じホテルではないばかりか、セイフリードと同じ部屋になるとは思っていなかった。
王族が宿泊できるような部屋が他になく、同室の方が警備も厳重にできるというのもあり、メインベッドルームがエゼルバード、第二ベッドルームがセイフリードという割り当てになった。
「退屈です」
「そうだろう」
ロジャーは帰国後の対応や書類作りに専念するため、側付きはセブンだった。
「セイフリードはどうしているのですか?」
「寝ている。朝まで本を読んでいたらしい」
「読書は良いことですが、生活が不規則なのは褒められたことではありません」
昼近くまで寝ていたエゼルバードがセイフリードのことを指摘するのは五十歩百歩。
だが、セブンは黙っていた。
「土産の品は届いていないのですか?」
「届いたという知らせは聞いていない」
「確認してきなさい」
「確認しろ」
「行って来るね!」
シャペルは元気に答えると、すぐに部屋を出て行った。
「シャペルは元気ですね」
「シャペルは座るよりも体を動かす方を好む」
エゼルバードが手を軽く振ると、人払いの合図を理解した護衛騎士たちがリビングから出ていった。
「このリビングは広すぎてくつろげません。内密の話もしにくいですね」
「応接間に移動するか?」
「共用ですし、内装が気に入りません。書斎を明け渡したのは間違いだったかもしれません」
エゼルバードとセイフリードは顔を合わせたくないと考え、それぞれの領域としての部屋を分けることにした。
その結果、自由にくつろぐための部屋としてエゼルバードはリビング、セイフリードは書斎を占拠することになった。
「書斎は狭い。窮屈に感じるだろう」
「ここにいても退屈ですし、外出でもしましょうか」
「部屋から出すなと言われた」
「ホテル内ならばいいのでは?」
「暇だとわかれば、王都から来た者と謁見することになるが?」
「嫌です」
「ならば、この部屋にいるしかない」
エゼルバードは不満そうな表情でため息をついた。
「何か面白い話はないのですか?」
「リーナの宿泊場所がわかった」
「どこですか?」
エゼルバードの表情が明るくなった。
「ヴェズレイのコリファー支店だ」
「ウェズローを活用するのは理解できますが、レールス支店ではないのですか?」
「レールス支店は騎士団で使用中だ。外交使節団の名簿から女性の名前は削除されるらしい。目立たないようにするためだそうだ」
「ミレニアスへの訪問で外交成果がなかったことへの対応を考えなくてはなりません。そちらに集中するためにも、リーナのことはまだ隠しておきたいのでしょう」
「早朝、リーナはコリファーを発った。王都へは向かわないらしい」
「なぜです?」
「調査中だ」
「思い出しました。リーナに助言をしたようですね。アベルから聞きました」
エゼルバードはセブンを問いただそうと思っていた。
「リーナは優しい女性です。その優しさにつけこまれたいためにも、キフェラ王女との距離は徹底的に取っておくべきでは?」
「リーナは王太子やその周囲によって情報制限を受けている。視野が狭くなると、正しさの判別ができなくなる。敵も増えやすい」
「リーナにはエルグラード側でいてもらわなくてはなりません。ミレニアスの味方をされては困ります。兄上もその周囲もそう考えているはずです」
「わかっている。だが、よくない。かえってリーナがミレニアスに同情するきっかけになる」
「そうかもしれません。ですが、セブン自身のポイント稼ぎではないでしょうね?」
エゼルバードはセブンの本心を知りたかった。
「否定はしない。だが、リーナの長所は良心と善意。正しいことをしようとする美しさにある。情報制限で歪めたくない」
エゼルバードはセブンをじっと見つめた。
「本当にリーナのことが気に入っているようですね?」
「本気だと伝えたはずだ」
「ですが、兄上が優先です。諦めると言いましたが、本当にそれでいいのですか?」
「わからない」
セブンは正直に答えた。
「それが本心だ」
「そうですか。リーナは人気者です。セブン以外にも欲しがる者が増えそうです」
「第四王子も欲しがりそうだ」
「セイフリードが?」
エゼルバードは眉をひそめた。
「兄上のために配慮していることは知っています。ですが、それ以外の感情もあると思うのですか?」
聞捨てならないとエゼルバードは思った。
「リーナの元にキフェラ王女が来た時、エゼルバードよりも先に第四王子の方に伝令が行った」
「判断を間違えましたね」
「そうかもしれない。だが、リーナに必要なのは第四王子だと思った可能性がある。普通に考えて、暴君を呼ぶだろうか?」
エゼルバードはセブンの言いたいことを理解した。
「見えないところで、セイフリードがリーナに対して過分な配慮をしているようですね?」
ミレニアスへ行く前の観光において、セイフリードがリーナの手を握っていたことをエゼルバードは思い出した。
自分への当てつけだと思ったが、他の理由があったのかもしれなかった。
「セイフリードは寝室にいるのですか?」
「書斎で寝ている」
エゼルバードは書斎に向かった。
「開けなさい」
「申し訳ございません。現在、第四王子殿下は就寝中です」
「私に同じことを言わせる気ですか?」
「開けろ。緊急の用件だ」
緊急であればということで護衛騎士はドアを開けた。
部屋に入ると、ソファの上で目を閉じているセイフリードの姿があった。
顔の上に開いたままの本を置いているため、顔は見えない。
「本で顔を隠したまま寝るわけがありません。起きていますね?」
「何の用だ?」
不機嫌さがにじみ出るような声が尋ねた。
「王族同士で話します。他の者は外に出なさい」
王族同士の話し合いに口は出せない。
セブンと護衛騎士は部屋を出てドアを閉めた。
「率直に聞きます。リーナが好きですか?」
「リーナは兄上のものだ」
「兄上のものではなくなった場合です。欲しいですか?」
「エゼルバードが欲しがりそうだ」
「その通りです。私の邪魔をしそうかどうかを確認しに来ました」
セイフリードが笑ったため、顔の上にあった本が揺れた。
「無意味だが面白い。特別に答えてやろう。僕もリーナが欲しい」
「なぜです?」
「父上は兄上やエゼルバードたちのために側妃候補の選考を解禁した。僕が成人すれば同じようになる。そこで無害なリーナを盾にする」
無害……。
エゼルバードは素直に納得することができた。
セイフリードの理由についても理解できたが、譲る気は全くない。
むしろ、自分にとって無害なリーナを、セイフリードと同じ理由で活用したいと感じた。
「リーナに愛情を感じているわけではないのはよくわかりました。ですが、私もリーナが気に入っています。諦めなさい」
セイフリードがまた笑う。
顔の上にあった本がずれて落ちた。
「エゼルバードは僕と争って勝てると思っているのか?」
「セイフリードこそ、私に勝てるとでも思っているのですか?」
「僕の側近はパスカル・レーベルオードだ。レーベルオードがどちらの王子を選ぶと思う?」
とても単純な理由。
そして、エゼルバードが気付いていないことだった。
「それもそうですね。すぐに手を打たなくては。セイフリードは親切ですね」
エゼルバードはにっこりとほほ笑むと、書斎を出て行った。
セイフリードは怪訝な表情をしていた。
今のリーナは兄の恋人。
だというのに、兄のものではなくなった場合に備え、エゼルバードは動こうとしていた。
「それほどまでにリーナが欲しいということか? 無意味だというのに」
兄上がリーナを手放すわけがない。
セイフリードはそう思うというのに、エゼルバードのせいで不安が生じた。
すぐに呼び鈴を鳴らし、護衛騎士を呼ぶ。
「何か?」
「要塞に行く。緊急案件としてパスカルに相談することにした」
パスカルは王太子の側近としての仕事があるため、要塞に宿泊していた。
護衛騎士は王族同士の話し合いで重要な事態が発生したのかもしれないと思い、すぐに要塞へ向かう準備を通達した。





