35 疑問だらけの給与明細
翌日の早朝。
リーナは緑の控えの間に行った。そこにはソファに横たわるクオンがいた。
「持って来たか?」
ソファからけだるそうに起き上がりながら、クオンが尋ねてきた。
「はい。これです」
リーナは給与明細の束を差し出した。
「……何枚も持ってきたのか」
「もしかして、一枚でよかったのでしょうか?」
「その程度であればいい」
束になっているとはいえ、大量というほどでもなかった。
日々、大量の機密書類を裁いているクオンにとっては少量だ。
「確認する。掃除していろ」
「はい!」
リーナは嬉しそうに返事をした。
勤務時間だというのに、別のことに時間が取られてしまうのは困る。
とはいえ、それを言うのは難しい。無礼だと思われたくない。
クオンから掃除をしてもいいと言ってくれたことは、リーナにとって非常にありがたいことだった。
掃除や備品などの確認が終わると、リーナはクオンに伝えた。
「終わりました」
「早いな」
「ほとんど使用されていなかったのです」
「質問がある」
「はい。どのようなことでしょうか?」
「まず、この生活費について説明しろ。お前は食費がかかると言ったが、食費という項目がない」
生活費に含まれていると考えられたが、三万ギニーではない。
もっと多く引かれていた。
「一番古い明細を見ればわかると思うのですが、試用期間は日給です。これは基本給ではなく能力給なので基本給ではありません」
最終的には働いた日数分の能力給が合計されて支給される。
「生活費も日数分なので、細かく計算されています。部屋代、食費といった項目があります」
クオンは一番古い給与明細を確かめた。
生活費という項目がない。
部屋代、食費といった細かい項目ごとに請求されていた。
「給与が月給になると基本給と能力給になります。生活費も一カ月の基本額の固定になりますので、まとめて請求されます」
月給の者は生活費も月単位で固定額になる。
日数が多くても少なくても関係ない。同額だ。
だからこそ、生活費としてまとめて請求される。
「そういうことか」
「実際にあったことでいえば、途中で部屋が変わりました」
新人が入るため、別の部屋に移動しなければならず、そのせいで部屋代が高くなってしまったことをリーナは話した。
「月の途中だったので、生活費から部屋代が除外されました。別計算なので、部屋代として請求されています」
おかげで部屋代がかなり高くなったことを否応なしに実感させられた。
「その次の明細では部屋代も一カ月分で固定費です。生活費としてまとめられて請求されていますので、部屋代という項目はありません」
リーナの説明はわかりやすかった。
「施設費と共益費について説明しろ」
「施設費は食堂、トイレ、浴場などを利用する費用です。共益費というのはトイレットペーパーや石鹸などの代金らしいです」
クオンは困惑した。
日常的な消耗品の費用まで請求されているとは思わなかった。
リーナの説明によると、後宮は生活に関わる何もかもが有料ということになる。
これでは給料が普通であっても生活費が引かれてしまい、ほとんど残らない。
リーナのように給料の低い者は必要品を買うだけでマイナスになってしまうのだ。
購買部で購入した物に関しては、細かい明細が出る。
リーナが購入しているのは生活に必要そうな身の回りの物ばかり。
贅沢をしているとは言えなかった。
「住み込みだというのに生活費が取られるのか? 普通は雇い主が生活費を負担するのではないか?」
「私もそのように思っていましたが、後宮では違うようです」
後宮の雇用者は給与から生活費を引く形になっている。
生活水準が高いため、生活費が高い。
給料が低いとマイナスになり、借金になる。
「でも、いずれは給料が上がって徐々に返せるはずだと言われました。購買部でツケ買いができるので、現金がなくても必要品は買えます。解雇されない限り生活が保障されています」
確かに生活が保障されているとクオンは思った。
だが、借金漬けになっている現実を直視していない。
いずれは給料が上がっていくとしても、借金がそれ以上に積み重なっていれば返しきれない。
出世して高給な役職付きになれればともかく、なかなか出世しないような者は難しい。
「制服代が高額だ。制服代も自分で負担するのか? 何らかの事情で駄目にしてしまい、買い取ることになったのか?」
「買い取りではなく、借りるための費用です」
リーナは制服代がなぜかかるのか、自分が聞いた通りに説明した。
そして、一年分の制服がまとめて請求されるため、高額になることも伝えた。
普通は無料ではないのか? 制服は経費ではないのか?
クオンの疑問は深まるばかりだ。
自分の常識や感覚がおかしいのか。それとも自分が知らないだけで、それが常識なのか。
自身の身分が高いだけにわからない。
後宮だけではなく、王宮や騎士団といった組織もこのように運営されているのかどうかも気になった。
クオンは本来の仕事以上に、細かいことについても目を配らせているつもりだった。
様々なことを知っていると思っていた。
しかし、気づいた。
知らないことが多くあるということに。
 





