347 ヴィーテル
途中ちょっとした問題には遭遇したものの、リーナたちはヴィーテルに到着した。
ヴィーテルに到着後は大きな街道を通って王都に向かうことになるが、数日滞在してから出発する予定だった。
「どうしてすぐに出発しないの?」
「荷物整理が必要だ。洗濯もしたいだろう?」
ヴィーテルに着くまでは、一泊のみで移動し続けた。
そのせいで服を洗う暇もクリーニングに出す暇もなく、どんどん新しい服を買い込んだせいで荷物が増えてしまっていた。
「まずは洗うべき服を全部クリーニングに出せ。そうすれば王都に向かう際、洗濯のために連泊をしなくても済む」
「わかったわ」
「夕食前に買い物に行くか。観光は明日にしよう」
「了解」
「それから立ち寄るところがある。水の神殿だ」
「水の神殿に?」
「神殿に入れるように予約しておく」
メイベルは眉をひそめた。
「神殿にお参りするのに予約がいるの?」
「神官と面会するためには必要だ」
「神官に? お祓いでもしてもらうの? 水の神殿よね?」
「用事がある」
話はそこまでになった。
買い物をする途中、リーナたちは水の神殿に立ち寄った。
威厳を感じさせる佇まいの神殿ではあるもの、かなり古く外壁の汚れも目立っていた。
よく見ると細かい亀裂が入っている部分や、破損している箇所まである。
「相当古いわね……」
メイベルはつぶやいた。
「はっきりいって汚い。少なくとも外観は」
率直過ぎる意見を述べた兄を、妹はうらめしそうな表情で睨んだ。
「天罰が下るわよ!」
「どんな天罰だ?」
「水を飲んでお腹を壊すとか」
「それは不味い。水の神に謝っておこう」
ヴォルカーはそう言いながら、神殿の正面出入口に向かった。
神殿の入り口には、神殿を守っている警備の者達がいた。
「待て! ここから入れるのは神殿の関係者だけだ。一般の参拝客は側面にある通用口の方から出入りしろ!」
「私は一般の参拝客ではない。先触れの伝令だ。明日、重要な書簡を届ける者が神殿に来る。一つは神殿長、もう一つは神官のマーリス殿宛になる。直接渡さなければならない書簡のため、神殿長とマーリス殿には明日の外出予定は見合わせていただきたいとお伝えしてほしい。恐らくは昼以降だ。よろしく頼む」
ヴォルカーは先触れの伝令らしく礼をしてから警備の者から離れた。
「書簡? 何か頼まれているの?」
「まあな。行くぞ」
ヴォルカーが歩き出す。
リーナもメイベルもあとに続く。
職務上の守秘義務がある可能性もあるため、二人はそれ以上のことは何も聞かないことにした。
翌日。
リーナたちはヴィーテルの市内観光をした。
昼食は水の神殿がある広場の景観を見ることができるレストランだった。
最上級の席は水の神殿が見える場所だったが、外観が汚れた神殿の景色はお世辞にも良いものとは言えなかった。
「ヴィーテルのシンボルだというのに、あのような外観でいいのか?」
ヴォルカーは挨拶に来たレストランの支配人に尋ねた。
「綺麗にしてほしいとは思っています」
水の神殿はヴィーテルのシンボルともいえる建築物で、観光の目玉の一つ。
しかし、老朽化がかなり進んでいる。
通常は寄付と参拝客や観光客が落としていく金を使って神殿を運営し、修繕費用もそこから捻出する。
だが、水の神殿は歴史ある古さこそが尊ばれるという信念から、都市化によって汚れてしまった外観の改善や内部の補修をずっとしていなかった。
そのせいで参拝客や観光客が徐々に減ってしまい、やはり改善や補修をしようとなっても資金が集まらない。
神殿の周囲は多くの人々や馬車が行き交う広場や道路。神殿が一部であっても崩れたら危険だけに、何とかしてほしいと思う市民が大勢いることを支配人が説明した。
「水の神殿に何かあれば、人々の生活だけでなく心にも悪影響が出そうだ。ヴィーテルの行政機関は支援をしてくれないのか?」
「神殿は宗教施設です。そのせいで何かと難しいようです」
「そうか。神殿の者は多いのか? 見習いが多いと聞いたが」
支配人はため息をついた。
「そうですね。見習いが多くいるかもしれません。はっきりいって、よくないと思います」
「普通は見習いが多くいたほうがいいのではないか? その分、信仰を集めているということだろう?」
「いいえ」
支配人は困ったような表情になった。
「見習いが多いのは、信仰を集めているからではありません。衣食住が保証されるからです」
ヴィーテルは大都市になったせいで貧富の差が拡大した。
貧民街と呼ばれる地域もあり、失業者も増えている。
そういった者が水の神殿に就職すればいいと考え、見習いになっていることが説明された。
「水の神殿は神官や見習いを養うことでも大変そうだ」
「そのようです。だからこそ修繕費用がないのでしょうが、このままでは困ります。いっそのこと壊してしまった方が安全だという意見も出ています」
話はそこまでになった。
ヴォルカーは情報のお礼として、最も豪華なランチコースを注文した。





