346 カザエル(二)
三人はカザエルの町で買い物をした。
メイベルが買い物をすると、ヴォルカーが必ず口を挟んだ。
「その服は似合わない」
「うるさいわね。好きな柄なの!」
「お前が花柄の服を着るなんて、どう考えてもおかしい。しかも、ピンクだぞ?」
「この花はピンクが一番人気なのよ。私じゃなくてリーナさんのドレスよ!」
リーナの呼称に関してはメイベルとヴォルカーで揉めに揉め、旅行中はさん付けすることになった。
「ならばよし。可愛い雰囲気になりそうだ」
「あっという間に意見を変えたわね」
「俺としてはオレンジの方がいいと思う。その方が明るい印象で好意的に見られるのではないか?」
「リーナさんはモテなくていいの。恋人がいるんだから!」
「そうなのか」
メイベルはその言葉にハッとした。
兄はジェフリーから様々な説明を受けている。
王太子の恋人であることも知らされていると思っていたが、今の反応からすると知らないようだった。
「兄さん、リーナの恋人が誰か聞いていないの?」
「リーナさんだ。俺の知っている者か?」
知っているに決まっているわよ!
だが、ここで言うわけにはいかないとメイベルは思った。
「凄い相手よ。無礼なことをしたら命に関わるから気を付けて」
「俺の職業を考えろ。無礼なことをするわけがない」
「まあ、そうだけど……本当に気をつけてね? 口説いたら解雇という命令が出ていたのよ。聞いていないの?」
「それはいつの話だ? ミレニアスに行く時のことなら、俺が知るわけがない」
「もっと前の話よ。本部に勤務している者には通達されていなかったのかしら?」
首をかしげる妹に、兄もまた眉をひそめた。
「そうかもしれない。レーベルオード伯爵に御令嬢がいるという話も初めて聞いた。ご子息だけしかいないと思っていた」
リーナは国境を越える直前に養女になったため、レーベルオード伯爵令嬢であることを知る者は限られていた。
「兄君も凄いってことはわかっているわよね?」
「決闘を申し込まれたら騎士の名誉を失ってしまう。正直、解雇よりも恐ろしい」
「わかっているならいいの。じゃあ、ピンクにするわ!」
「オレンジがいい。本音を言うと花柄もよくない」
「仕事中は無地の服が多いのよ。旅行中ぐらい柄ものにして楽しまないと!」
「メイベルは掃除に関しては最高に優秀だが、服選びのセンスはない」
「なんですって! これでも旅行中は私が衣装を選んで来たし、ダメ出しもなかったわよ!」
「それは他の者が準備した服だろう? どれを選んでもおかしくない服が揃えられていただけの話だ」
ヴォルカーはリーナに視線を向けた。
「リーナ嬢が自分で選んだ方がいいのではないか?」
「言いたくないけど、リーナさんは私よりもセンスがないのよ」
「なんだと?」
ヴォルカーは目を見開いた。
「そこまで驚くことはないでしょう? リーナさんに失礼じゃないの!」
「リーナ嬢に失礼なのはお前だ! 自分よりセンスが悪いと言ったぞ? 俺ははっきりと聞いた! 謝れ!」
「事実なのよ。リーナさんが選ぶ時だけは、ダメ出しされた時が何回かあったのよ」
「では、リーナ嬢に服を選んでもらおう。それでセンスがあるかないかがわかる」
「そうね。リーナさんに選んでもらいましょうか」
突然、話を振られたリーナは困った。
「えっ、でも、メイベルさんが選んだ方が……」
「兄がうるさいから好きなのを選んでみて。どんな服でもいいから」
「わかりました」
リーナは店内を見て回り、良さそうなものを発見した。
「これはどうですか?」
リーナが選んだのはシンプルな水色のワンピースだった。
上下別の服にも興味を惹かれたが、急いで支度をするにはワンピースの方が楽。
管理する荷物量や洗濯物の数も減る。
何よりも値段が安いということが決め手になった。
「色はいいのですが、なんとなく寂しい印象に見えます」
真っ先に感想を述べたのはヴォルカーだった。
「これ、ボタンがないせいで特価品になっていたワンピースじゃない?」
「飾りボタンがないだけなのに半額でした。お得だなと思って」
「金額のことは気にしなくていいのよ。飾りボタン付きの服を買いましょう」
「いえ、これがいいのです。ボタンの紛失を心配しなくて済みます」
「現実的だわ。一考の余地があるわね」
「ボタン付きを薦めます。もし誘拐されてしまった場合、ボタンを引きちぎって途中に落とすと、居場所を特定しやすくなります」
「誘拐されたらダメでしょう!」
「守るつもりではいるが、万が一ということもある」
「ボタンを引きちぎるのは難しい気がします」
それぞれが意見を言い合うような状態になったため、遠巻きに見ていた店員が近づいて来た。
「お客様、お手伝いいたしましょうか?」
メイベルとヴォルカーが威嚇するように強い視線を向けた。
店員はひるんだが、プロ根性で何とか営業スマイルを浮かべた。
「若い世代ほど流行に敏感です。人気の品を教えますのでご参考にされてください」
結局、専門にしている者の意見を聞くのが一番ということになり、店員がリーナに似合いそうな服を選んだ。





