345 カザエル(一)
リーナたちの馬車はカザエルの町に入り、ウェズレイ物流会社のカザエル支店の前で止まった。
「ここが今日の宿泊場所。昼食もここで取る。どうしてもこの荷物だけは持っていきたいというものがあれば取り出す」
護衛はつくが、旅行中は何があるかわからない。
荷物を捨てて逃げる可能性もあるため、大事なものや高価なものは発送するようにと注意された。
「靴は履きなれたものの方がいいわね。替えのブーツだけでいいわ」
「どこにブーツがしまってあるかわかる?」
「箱の番号でわかるわ」
「手袋もほしいのですが?」
「高級な手袋よりも普通の方がいい気がする。一つだけ予備を持っておいて、平民用の手袋を購入するといいよ」
馬車に積まれた大量の荷物の中からブーツや手袋を取り出すという作業が行われた。
「食堂に移動しよう。僕はまだ仕事がある。あとから行くよ」
リーナとメイベルは食堂で昼食を取ったあと、応接間に案内された。
部屋の中にはジェフリーと旅装姿の男性がいた。
「ああ、来たね。僕の引継ぎを紹介するよ。ヴォルカーだ」
メイベルは心の底から驚いた。
「兄さん!」
「元気そうで何よりだ。美味い肉を食えたか?」
「怪我は治ったの?」
「大丈夫だからここにいる」
メイベルの兄は第四王子の護衛騎士をしているが、怪我をしていたせいでミレニアスに行く者に選ばれなかった。
ジェフリーの代わりに兄が同行することがわかり、メイベルは安堵の表情を浮かべた。
「護衛能力はともかく、信頼がおけるという点では問題ないわね!」
「俺に武術を習っておいて、酷い評価だな」
「身内だからこそ厳しいのよ」
メイベルはそう言ったあと、リーナの方を向いた。
「前に話したと思うけど、兄のヴォルカーよ」
「リーナ・レーベルオードです。噂はかねがね。怪我から回復されてよかったです」
「お会いできて光栄です。怪我の間は本部で勤務していましたが、王宮に戻ったあとは直近の護衛任務に復帰します。どうかお見知りおきを」
「王族直近の護衛に戻れるの?」
「戻れる」
ヴォルカーは平民。よほどの実力がなければ、騎士団に入ることができても王族の護衛任務につくのは難しい。
長期療養で評価が下がってしまわないかが懸念事項だったが、回復後はまたセイフリードの護衛任務に戻ることになった。
「本部での評価が良かったため、戻れることになったらしい」
「書類仕事で評価が上がるの?」
「新人や経験の浅い者達を鍛える教官をしていた。思う存分鍛えてやったせいか、随分ましになった」
兄の指導が厳しいことをメイベルは知っている。
訓練についていけない者が続出したのではないかと思った。
「厳しすぎる教官は困るということで、本部から現場に追い出されたわけじゃないでしょうね?」
「その可能性も考えたが、第四王子騎士団もいろいろと見直しの時期に来ている」
これまでは後宮の一区画を守っていたが、来年になるとセイフリードが成人する。
居室を王宮に移すことになり、参加する行事や外出も増えていく。
それに合わせ、護衛騎士を増員していくようだとヴォルカーは話した。
「そうなのね。でも、私たちの護衛をするなんて、ちょっと変じゃない? ジェフリーは護衛騎士がつくのは王族だけだと言っていたわ」
「護衛騎士としてではなく、お前の身内として護衛をするだけだ。今は休暇中の扱いになる」
ヴォルカーの説明に、メイベルは眉をひそめた。
「休暇中ですって? 評価が下がってしまわない?」
「大丈夫だ。王太子殿下の命令だからな。表向きは休暇中だが、実際は内密の任務だ」
「そうなのね」
「当たり前のことを言っておく。俺が護衛するのはレーベルオード伯爵令嬢だけだ。メイベルは自分で自分を守れ」
「言われなくてもわかっているわよ」
「紹介は済んだね。午後からはヴォルカーに任せる。僕は王都に向かうからいないと思ってほしい。頼むよ、ヴォルカー」
「はい。お任せください」
「ヴォルカーはとても礼儀正しいし信頼できる。第四王子騎士団を辞めたくなったら、いつでも声をかけて。うちに再就職すればいいよ」
「ありがたいお言葉をいただけて恐縮です。ですが、私は第四王子殿下に忠誠を誓っています」
「定年後に来てくれてもいいよ。じゃあね!」
ジェフリーが部屋から出て行くと、メイベルはため息をつきながら兄に視線を向けた。
「明らかに態度が違うわね。私とか言っちゃって」
「当たり前だ。身分が違い過ぎる。貴族相手に俺と言えるような立場ではない」
「私も貴族になったのだけど?」
「妹に頭を下げるわけがない。俺は兄であると同時に武術の師匠でもある。もっと敬え!」
「ジェフリーがいなくなった途端これだから。ところで、このあとは買い物に行く予定のはずだけど、兄さんが案内してくれるの?」
「そうだ。女性用品を扱う店の場所は確認しておいた。店の数が多かったせいで昼食を一緒に取れなかった。予定では昼食前に紹介することになっていた」
「昼食は取ったの?」
「サンドイッチを詰め込んだ」
「それは残念だったわね。私たちはフルコースだったわ。とっても美味しいお肉を食べたわ!」
「肉の恨みは怖いぞ。まあ、行くか。レーベルオード伯爵令嬢をお待たせしては悪い」
兄の言葉に、メイベルは呆れるような視線を向けた。
「ちょっと聞きたいのだけど、ずっとそう呼ぶの? 素性がバレバレじゃないの!」
「それもそうか。リーナ嬢とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
リーナが丁寧にお辞儀をすると、メイベルが早速注意をした。
「リーナ、身分の低い相手に頭を下げてはダメでしょう!」
「……すみません」
「メイベル、そんなきつい言い方をしたら可哀想だろうが。それに無礼だぞ? リーナ嬢の身分の方が圧倒的に上だ。注意すべきはお前の方だ!」
「ごめんなさい」
メイベルは兄の指摘が正しいと思った。
「あの、ちょっといいでしょうか?」
リーナはおずおずと口を挟んだ。
「何?」
「何だ?」
「身分にふさわしくするのは大事だと思います。でも、私はメイベルさんにさまざまなことを教えてもらっています。厳しい言い方になっても平気なので、気にしないでください」
「お言葉ですが、私は職務上、貴族と接する機会が多くあります。妹は下級貴族、リーナ嬢は上級貴族。その時点で大きな差があります」
貴族は大勢いるが、全員が同列ではない。
公爵と侯爵と伯爵から構成される上級貴族、子爵と男爵から構成される下級貴族では大きな差があった。
「教えるにしても厳しくある必要はありません。丁寧に優しく教えることもできるはずです。ガサツな妹に代わり、深くお詫び申し上げます」
しっかりと頭を下げて謝罪するヴォルカーの姿は、まさに騎士らしかった。
「メイベルさんの兄君は本当に礼儀正しくて素晴らしい方です。頼もしいですね!」
「自慢の兄です」
メイベルは誇らしそうに胸を張った。





