343 会いたい気持ち
ようやくクオンはベッドに横たわることができた。
頭も体も疲れている。すぐに眠れそうな気がしたが、一人になったことでかえって考えやすい時間になってしまった。
ミレニアス王との交渉は決裂。
このあとはミレニアス側の提案を父親であるエルグラード国王に伝えることになるが、どのように伝えるのかはクオン次第。
一貫してキフェラ王女との婚姻に絡める提案しか出なかったことを話すのは、非常に腹立たしいことだった。
父親がミレニアス王と密約を交わしていることもわかり、その点についても詳しく内容を確かめなくてはならなかった。
まだある。リーナのことだ……。
調査ではインヴァネス大公の娘だと思えるような結果が出ていたにもかかわらず、ミレニアス王はリリーナ本人であることを認めなかった。
インヴァネス大公女の身分を与えられる可能性は完全に消えたことにより、インヴァネス大公女との縁談も消えた。
しかし、インヴァネス大公夫妻がミレニアス王の決定に不服なのは明らかで、今後どのような動きをしてくるかに注意を払う必要がある。
最も警戒すべきなのは、ミレニアス王族ならではの力を使い、リーナをミレニアスに連れていくための策を仕掛けてくることだった。
レーベルオード伯爵が今回の結果をどのように受け止めるかもわからない。
リーナを養女にしたのは息子の血族でヴァーンズワース伯爵家の血を引く者だからだった。
その可能性がないとミレニアス王が判断したのであれば、身内の血族を保護するという理由が否定されたことになる。
正式なお披露目をしているわけでもないため、養女手続きの無効及び後見の辞退を申し出てくる可能性もあった。
そうなれば、一度は養女の件で引き下がった貴族たちがまた動き出すかもしれない。
王太子の恋人であれば、非公式であっても利用価値があると考えるのが常識。
だが、リーナとの恋人関係についても再検討することになった。
恋人関係は本人同士の意志によって成立する。
リーナが解消を求めるのであれば、それに応じるのが恋人として誠意ある行動かもしれない。
だが、クオンはリーナとの特別な関係を解消したくなかった。
自分の意見を通したいのであれば、王太子の力を使えばいいが、リーナの立場が弱いことにつけこむようなことはしたくない。
考えることが多すぎる……。
王家、国、貴族、政治、外交、軍事、婚姻。さまざまなことがクオンの頭の中で複雑に絡み合っていた。
そして、その全てにクオンだけでなくリーナも関わっていた。
……リーナに会いたい。
リーナを別行動にしたのは、これから起きることにできるだけ関わらせないためだった。
大規模な外交使節団の帰還は注目される。
その中にいるたった二名の侍女への注目も集まる。
後宮にセイフリード付きの侍従がいないからという理由にしたが、王太子付き侍従の中から臨時に抜擢すればよくもある。なぜ、わざわざ侍女にしたのかと思われるかもしれない。
素性調査のためであることは秘匿しなければならない。
元平民の孤児から名門貴族の養女になったのは王太子の寵愛のせいだと思われるため、悪意を含んだ誹謗中傷が飛び交う可能性もあった。
別行動にすれば、少なくとも王宮に帰還した時に注目が集まるのを防ぐことができ、対応策を練るための時間稼ぎができる。
レールスでの宿泊場所が不足していることや侍女という立場を考慮し、近隣の町へ移動させるのはおかしくない。
帰国後の対応としては妥当。周囲もそう思うだろうとクオンは判断した。
だというのに、リーナに会いたいと思ってしまうのは、自らの判断にクオンの気持ちがついていかない証拠だった。
……会ってどうする? リーナの気持ちを確認するのか?
安全を確保するためにも、帰国するまでは恋人でいる。帰国後もリーナの気持ちが変わらなければ、恋人関係は解消する方向で検討する。
そう決めたのはクオンだった。
ダメだ。会えない。まだ……聞きたくない。
ミレニアスから帰ってきただけ。
むしろ、帰国途中は厳戒態勢と連日馬車内会議のため、リーナに会うどころか声をかけることもできなかった。
冷たいと思われてしまい、恋人関係を解消した方がいいという気持ちがより強まってしまった可能性があるとクオンは思った。
エルグラードの王太子だろう? 冷静に考えるべきことがあるだろう?
最優先はミレニアスのこと。
父親である国王、宰相、留守番役の側近との話し合いがある。
リーナのことばかり気になって、何も考えられなかったというわけにはいかない。
クオンは深呼吸をした。ただ、ゆっくりと息を吸って吐くことに集中する。
思考は一旦リセットされた。
だが、再び思い浮かんだのはリーナのことだった。
ジェフリーは信頼がおける。妻子を溺愛している人物。王都に無事戻らせるという任務をしっかりと遂行する。
クオンは自分を納得させ、安心させようとした。
だが、できない。
クオンは眠れない夜を過ごすことになった。





