341 別行動
馬車の窓から外の景色を眺めていたリーナは不思議に思って質問した。
「もしかして、レールスに宿泊するのではないのでしょうか?」
「ご名答」
ジェフリーがにっこりと笑った。
「レールスにはかなりの人数が滞在中だ。宿泊する場所が確保できないから、少し離れた町に宿泊する」
「第四王子殿下はどうされるの? 私たちは第四王子付きよ?」
メイベルは仕事のことが気になった。
「問題ない。王都から第四王子付きになった者がレールスに来ている。任せればいいよ」
「まだあるわ。リーナは王太子殿下に寵愛されている女性よ。レールスから出すのは安全面で問題がないのかしら?」
「レールスにいる方が危ない気がする。二人のことは王太子殿下から任されている。僕が守るから安心していいよ」
「伝令部でしょう? 護衛は専門外のはずよ」
「身を守れる者でないと地方に出張できない。それだけの個人技能は磨いているってことだよ。まあ、僕以外にも腕の立つ護衛を揃えているから」
「信用がおける護衛なの?」
「当たり前だよ。代々ウェズローに仕えている者ばかりだしね」
「私兵ということ? 護衛騎士はつかないの?」
メイベルの質問に、ジェフリーは呆れたような表情になった。
「護衛騎士がつくのは王族だけだよ」
「ミレニアスでは私たちにも護衛騎士がついていたわ」
「それは国外という特殊な状況だったからだね」
「となると、リーナの護衛はいないの?」
「厳密にはそうだね。ミレニアスに行く時は王族の側にいることでついでに守ってもらえたけれど、帰国して別行動をする場合は護衛がつかない。メイベルが護衛のようなものではあるけれど、さすがに心許ないよね? そこで僕の出番というわけだ」
「レーベルオードが私兵を護衛としてつけてくれてもいいはずなのに」
「その件についはどうなるかわからないから、僕が担当になった」
「どういうこと?」
メイベルは眉をひそめた。
「ミレニアスから戻ったからね。素性調査の結果を見て、養女のことについてはもう一度慎重に検討されると思うよ」
リーナがインヴァネス大公夫妻の娘であれば、パスカルにとっては父親違いの妹になる。
跡継ぎ息子の血族、ヴァーンズワース伯爵家の全てを任されていることを考え、レーベルオード伯爵家で養女にすべきだという主張が通った。
だが、リーナはインヴァネス大公夫妻の娘だと認められなかった。
そのことを知ったレーベルオード伯爵がどうするかわからない。
血族が優先になるのは仕方がないということで一度は納得した貴族も、素性調査の結果を知ってどう動くかわからないことをジェフリーは話した。
「取りあえずの対策として、レールスからの護衛は僕が受け持つことになった。養女先の候補ではなかった王太子派のウェズローで保護して安全を確保するようにってことだよ」
ウェズロー伯爵家もまた名門貴族と呼ばれる家柄で王太子派の貴族。
家業として物流の事業を営んでいるため、地方の事情にも詳しかった。
「大切な荷物を届けるのはウェズローの得意分野だ。僕に任せてくれればいい。無事王都に帰ることができるよ」
「私たちが荷物扱いなのは考えものね」
「王太子殿下からの預かりものであることは間違いないかな」
リーナとメイベルはミレニアスで十分働いたため、しばらくの間は仕事を免除。
健康や安全面に気をつけながら無事王都に戻るだけでいいことがジェフリーから伝えられた。
「個人旅行だと思えばいいよ。お土産もたくさん買っていい。全部経費で落ちるから」
「経費で?」
「二人の名前はミレニアスへの外交使節団の名簿から削除される。その見返りだよ」
「ミレニアスには行かなかったという扱いになるの?」
「正式な名簿に名前が載らないだけ」
「よくわからないわ」
「メイベルは侍女だからね」
ジェフリーは苦笑した。
「外交使節団が送られる場合は、誰が行くのかを記載した名簿が作られる。国境を越える手続きをするためにも、全員の名前を載せないといけない。そして、名前がある者は外交特権の対象ということになる。これはいい?」
「いいわよ」
「でも、それは便宜上の名簿だ。帰国後は正式な名簿を作り直すことになる」
外交使節団として明記されるのは、外交関連の仕事をする者――官僚だけになる。
侍女などの世話役や護衛は外交使節団の随行者として分けられる。
リーナとメイベルは一時的に王太子直属の侍女官になっていた。つまりは女官としての立場でミレニアスに行ったことにもなる。
しかし、あくまでもミレニアスにおける差別や待遇を考慮しての処置だった。
それだけに本来の職種である侍女として随行者の方になり、外交使節団の名簿に名前が載らないことが説明された。
「外交使節団は王都に帰ると労われる。そして、外交成果に応じた評価や褒賞がある。そういった待遇を受けられないってことだね」
「そうなのね。私たちが侍女としての扱いだけになるのはわかるわ。今回のミレニアス訪問では外交成果がなさそうだし、むしろありがたいかもしれないわね?」
「王族付きは王族のために働けば評価される。第四王子の側にいるのは大変だっただろうし、王都に帰るまではゆっくりしていればいいよ。わかった?」
「わかったわ」
「じゃあ、旅行を楽しんで。僕は途中で別れて先に帰ることになる。長く不在にすると、アリシアとデイジーが寂しがってしまうからね!」
「動機が不純だけど、アリシアとデイジーのためだと思うと怒れないわね」
「引き継ぎはちゃんとするよ。信用のおける人物がつくから安心して」
「でないと困るわ」
馬車はレールスの隣町コリファーにある大きな建物の前に到着した。
「今日はここに宿泊するから」
「ホテルではないみたいだけど?」
建物の正面出入口にはウェズレイ物流会社コリファー支店という看板があった。
「ウェズレイって、ウェズロー伯爵家の経営する物流会社じゃなかった?」
「そうだよ。レールス支店には第一王子騎士団の一部が宿泊するから使えない」
「民間会社も宿泊場所になっているの?」
「それほど宿泊場所が不足しているってことだよ。物流系の会社は沢山の荷物と馬車がおけるような敷地や倉庫を確保しているから都合がいい」
「まさかと思うけれど、倉庫に寝泊まりするの?」
「それは大丈夫。来賓用の部屋がある。でも、ホテルのように快適に宿泊するためのサービスはない」
「寝るための部屋はあるけれど、他には何もないってこと?」
「宿泊係はいるけれど、部屋係はいない。食事は用意する。鶏肉料理かなあ」
「それなら良かったわ!」
「お肉が出ますね!」
リーナとメイベルは物流会社とは思えない豪華な内装や最高級ホテルのような宿泊室に驚いた。
夕食は豪奢な食堂でフルコースの料理が用意され、名物の鶏肉をたっぷりと味わった。
「メイベルさん、とっても美味しいお食事でしたね!」
「そうね! お肉が最高だったわ!」
人は美味しいものを食べると幸せな気分になる。
リーナとメイベルの様子はそれをあらわしているとジェフリーは思った。





