340 合流
ミレニアス滞在の六日目になる早朝。
エルグラード外交使節団は王都チューリフを出立した。
エルグラード方面へ向かう主要街道を進んだあと、途中で別の街道に入ってアンガーを目指した。
昼前にアンガー城に到着すると、エゼルバードたちが出迎えた。
「兄上をお待ちしていました。わざわざアンガーにお立ち寄りくださり感謝いたします」
「体調はどうだ?」
エゼルバードは体調不良のためにアンガー城から戻ってこないということになっていた。
王宮に戻ることができない理由を考えただけかもしれないが、本当に体調を崩しているかもしれないということで、クオンは本気で心配していた。
「全く問題ありません。リーナも元気です」
クオンの視線がリーナに向けられた。
「リーナも大丈夫か?」
恋人関係を解消した方がいいと伝えてから、リーナは初めてクオンと顔を合わせた。
とっても気まずいです……。
リーナはそう感じてしまい、どこか暗い表情を浮かべていた。
「はい」
リーナは短く答えたあと、下を向いた。
「パスカル、リーナの面倒を見ろ。それが難しい時はメイベルでいい」
「御意」
クオンは馬車で移動しながら今後についての会議を行うことを伝えた。
政治的かつ軍事的な話をするため、関係者は王太子の馬車に集合。
リーナはパスカルにエスコートされて馬車まで向かい、馬車に乗ったあとはメイベルが面倒を見ることになった。
エルグラード外交使節団は三日をかけて国境まで向かう予定だった。
その予定を短縮するのは、馬車による移動や多くの荷物を考えると難しい。
ミレニアス側の対応に疑心を感じるようなことがなければ、予定通り三日をかけて国境に向かうということになった。
交渉が決裂したこともあり、王族の身辺警護は最高レベルの厳戒態勢。
最重要護衛対象は王太子のクオンになるため、リーナについていた第一王子騎士団の護衛は王太子の護衛に戻り、リーナの護衛担当は第四王子騎士団の管轄になった。
また、リーナの立場は王太子付き侍女官から第四王子付き侍女に戻された。
王太子付き侍女官になったのはミレニアス側の軽視を防ぐための処置で、素性調査やチューリフ滞在といった重要な予定が終了したことなどを考えれば、元に戻すのはおかしくない。
だが、王太子が恋人にしたリーナを全く呼ばないどころか会おうともしないため、何かあったのではないかと懸念する者が密かに続出していた。
三日後。
エルグラード外交使節団は無事に国境を越え、レールス要塞に到着した。
レールス要塞には第三組を率いて来たエネルト将軍おり、国境防衛及び治安活動のために展開している国軍への指揮をしている。
クオンは到着早々エネルト将軍から現時点における国境付近の状況並びに実行された作戦についての報告を受け、今後についての会議を行っていた。
「メイベルさん。いつまでここにいるのでしょうか?」
レールス要塞に到着したあと、リーナとメイベルは馬車内での待機を命じられていた。
現在、レールス要塞には定員をはるかに超える兵士が駐留しており、要塞外にも複数の野営地が設置されている。
王太子や王子たちが到着しても、全員が要塞に宿泊することは不可能。
会議が終わったあと、第二王子と第四王子とその関係者は要塞ではない宿泊場所へ移動することが通達されていた。
「さあね。でも、荷物整理もあるし、私たちだけでも先に宿泊場所へ移動したいわ」
「そうですね」
「夫がいれば、なんとかならないかって伝えやすかったのだけど」
エルグラード王太子とミレニアス王の交渉が決裂したことで、二国間の関係に大きな暗雲が立ち込めてしまった。
駐在大使以下多くのエルグラード人の不安が膨らむのは目に見えているため、王太子府に所属するエンゲルカーム卿がチューリフに残って対応をすることになった。
すぐにミレニアス内の情勢が変化するかどうかはわからない。
だが、エルグラード人に対する言動や扱いが変わる可能性はある。
エルグラード大使館にいる者は何かと狙われやすいため、エンゲルカーム卿は危険な任務を任されたのと同じだった。
それを知ったリーナはメイベルを励ましたいと思った。
「今夜はメイベルさんの大好きなお肉を食べることができそうですね」
メイベルはリーナの気遣いを察した。
「間違いなく鶏肉料理が出るでしょうね。味付けが何か楽しみだわ」
「そうですね」
「リーナはどんな味付けがいいかしら?」
「ガーリックソースはどうでしょうか? 元気が出そうです」
「そうね! 元気を出さないといけないわ!」
「相変わらずというか、肉の話の時は声が大きくなるね」
馬車のドアが開き、姿を見せた男性がにこやかに声をかけてきた。
「待たせて悪いなあと思っていたけれど、女性同士おしゃべりができて楽しそうだね?」
リーナにとっては初めて見る男性だったが、メイベルにとっては顔見知りだった。
「レールスに来ていたのね、ジェフリー」
「エンゲルカーム卿には悪いことをした。でも、おかげでアリシアもデイジーも回復したよ。ありがとう」
「お礼はミレニアスに居残りになった夫に伝えて頂戴」
「それについても謝る。でも、僕が居残りでなくて良かった。アリシアとデイジーが寂しがってしまうからね」
「むしろ、面倒な存在がいなくて嬉しがるかもしれないわよ?」
「酷いなあ。それはそうと挨拶がまだだった。初めまして、レーベルオード伯爵令嬢。僕はジェフリー・ウェズロー。アリシアの夫だよ、よろしく」
会話から推測できたものの、アリシアの夫はリーナの予想よりも若い男性だった。
「リーナ・レーベルオードです。よろしくお願いいたします!」
「ジェフリーはウェズロー伯爵家の跡継ぎで子爵なのよ」
すでに知っていそうだと思いつつ、メイベルは確認のために教えた。
「小柄で童顔だから年齢よりも若く見えるけれど、二十三歳?」
「二十四歳。でも、余計な情報はいらない」
「どの辺が余計なのかしら?」
「王族付き侍女なら察してほしい。メイベルが鈍くなっているなら難しいだろうけれどね?」
ジェフリーはしっかりとやり返した。
「ところで、僕がここに来たのは挨拶のためじゃない。宿泊場所に移動するから、隣の馬車に乗り換えてほしい」
リーナとメイベルは馬車を降り、すぐ横に停まっていた馬車に乗り換えた。
二人が乗り込んだ後にジェフリーも乗り込み、ドアを閉めると御者につながる管の蓋を開けた。
「出発しろ。急げ」
馬車はすぐに出発し、かなりのスピードを出して走り出した。





