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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第一章 召使編
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34 真面目な者

「実はまだ質問がある」

「何でしょうか?」

「トイレに入らずにノートをつけている場所があった。なぜだ?」


 中に入って確認し、書き込むべきだとクオンは思った。


「あれは手抜きか?」

「手抜きではありません!」


 リーナは激しく否定した。不真面目だと思われたくなかった。


「あそこは男性用のトイレなのです」


 男性用のトイレは使用者がいると困る。


 本来は侍従や侍従見習いを呼び、使用禁止の札を出して状況を確認して貰う。


 使用者がいなければようやく中に入って確認作業ができることをリーナは説明した。


「でも、侍従や侍従見習いは手伝ってくれないそうです。なので、呼びに言っても無駄になってしまうのです」


 リーナは必死になって説明した。


「そこで男性トイレの場合は中に入らず、常に固定評価や決められた備品数を書いておくことになっています。問題があれば苦情がきますので、その際に掃除や補充をします」

「それはお前が考えついたのか?」

「いいえ。最初からこうするようにと教わりました」

「誰に教えられた?」

「ザビーネ様です」

「お前の上司はザビーネということだな?」

「違います。セーラ様です」


 クオンはおかしいと感じた。


「……上司ではない者に教えられたのか?」

「昔はメリーネ様が上司でした。メリーネ様は忙しいので、最初だけ副部長のザビーネ様が色々と指導して下さり、その後何かあった場合はセーラ様に報告することになりました」


 様々な変更があり、今は十五時以降に侍女見習いのポーラに報告すればいいことになった。


 リーナは巡回業務に戻る。


「全ての巡回が終わったら書類をポストに入れます」

「ポストに入れるだと?」

「私はいつも残業で、清掃部の通常勤務時間内に仕事が終わりません。なので、郵送で報告します」


 重要書類ばかり扱っているクオンの常識では考えられない方法だった。


「清掃部の勤務時間は何時までだ?」

「十六時です。私は掃除部なので、十七時までは勤務しないといけません」

「清掃部ではないのか?」

「派遣なのです」

「残業は多いのか?」

「はい。巡回がどうしても時間が足りません」

「他の者が手伝えばいい」

「一人でするように言われています。能力があればできるはずなので、努力しろと言われています」

「何時に終わる?」

「以前は二十四時位でしたが、一生懸命工夫したので二十時までには終わるようになりました!」


 クオンは考え込んだ。


 後宮の内部事情は知らない。


 だが、かなりのオーバーワークではないかと思われた。


 住み込みの勤務時間は、通勤者よりも多くなる。


 早朝勤務をしているということは三時から。


 残業が二十四時までというのは問題外。


 二十時であっても十七時間。食事時間が七時間のはずがない。長すぎる。


 しかも毎日だ。


 官僚にもオーバーワークの者が大勢いるが、後宮の召使いがこれほど激務だとは思ってもみなかった。


 クオンの認識では、住み込みで生活が保障されており、買い物もツケでできる。非常に好待遇なのだろうと思っていた。


 考えれば考えるほど、おかしいと感じた。


「……何か書類を持ってないか?」

「書類ですか?」

「勤務に関する物や、後宮の発行する書類だ」

「九時に清掃部に行けば、巡回時に使う書類が貰えます。ノートの内容を書き写すような書類です」

「他にはないのか?」

「他……」

「給与明細は?」

「あります」

「それを持って来い」


 リーナは時計を見た。


 クオンと話すのに時間がかかっている。朝食は取れそうもない。


「今すぐでしょうか?」

「明日だ。早朝、緑の控えの間に持って来い」

「わかりました」


 リーナは思い切って自分の意見を伝えてみることにした。


「クオン様、大変申し訳ないのですが、七時から別の場所の掃除に行かないといけません。朝食も取れません。時間がギリギリなので、行ってもいいでしょうか?」


 クオンはポケットを探った。何もない。


 胸ポケットから財布を取り出し、紙幣を一枚差し出した。


「情報料だ。購買部で何か買えばいい。朝食代わりに菓子でも食べろ」

「受け取れません」


 リーナは断った。


「勤務内容に関する情報漏えいはできません。でも、お答えしないと無礼になりそうだと思ってお話したのです。お金を得る目的であれば完全に違反です。処罰されて解雇されて投獄されてしまいます。これは受け取れません」


 クオンは意外に思った。


 リーナには借金がある。断らないと思った。


 だが、断った。


 後宮の規則を可能な限り守ろうとしている。


 やはり真面目なのだと思った。


「手間を取らせた。迷惑料というのはどうだ? 朝食代でもいい」

「お金の受け取りはできません。結局は報酬です」


 リーナはクオンの差し出した紙幣を見た。


 百ギール。


 百ギニーが一ギール。


 つまり、一万ギニーだ。


 平民は低い金額の方が理解しやすいため、ギールではなくギニーで考える。


 ギールは裕福な者、金持ち、貴族が使う単位だと思う。


「朝食代はこんなにかかりません。毎月の食費は三万ギニーです」

「毎月の食費?」


 リーナの言葉に、クオンは眉をひそめた。


「食費がかかるのか?」

「はい」

「まさか、給与から引かれるのか?」

「そうです」


 クオンは自分の認識が間違っていることを理解した。


 後宮の者の生活は全て後宮の費用で賄われていると思っていた。


 食費は個人負担ではなく、後宮の予算で負担されるものだと考えていた。


 リーナは毎月食費がかかる。給与から引かれていると言う。


 給料が十八万ギニーでも、食費が引かれれば十五万ギニーだ。

 

「あの、時間が……」


 リーナは困ってしまった。


 ますます時間がなくなっていく。


 六時以降は早朝ではない。ひと気があることを考えれば廊下も走れない。余計にかかる。


「とにかく受け取れ。借金があるだろう?」

「それでも受け取れません。お心遣いに感謝します。では、失礼します!」


 リーナは勢いよく一礼すると、くるりと背を向けて掃除へ向かった。


 呼び止める声はかからない。


 大丈夫だと思いながら、リーナはかなりの急ぎ足で掃除に向かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、財務省的には、必要経費には衣食住費込みで、給料は本人に全額払われてるはずで、それだけの金額を予算で与えてるはずだったのに、実際は衣食住費は働くものに払わせていて、必要経費は何に使わ…
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